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Desert Oasis Vampire

目覚めてからのグレンは体力的には弱っていたが、精神的にはむしろ挑戦的だ。
獣の鼻先に餌を垂らすように、悪魔の前に身をさらして挑発している。
悪魔に対する怒りや悔しさからだとしたら、いくらグレンが情けないと嫌っても、泣いて恐がってくれた方がましだとフォードは思う。

これほど何度も、あなたの為に在ると言っているのに。
守ると何度も言っているのに。
自ら危険に飛び込むようなまねはしてほしくない。

すべては、グレンあってこそなのだから。


場所は、学校から近い小さなカフェ。
そこでリサが友人数人を誘ってのお茶会、という約束だったのだが。
予想外に人数が増えてしまった。
友人の一人が、ヴァンパイア様の写真を回してくれていた高校生の姉に知らせてしまったのだ。
しかもその姉は高校で新聞部に所属していて、ヴァンパイア様が出没すると駆けつけて情報を入手したり撮影している人なので、その恩恵にあずかっているリサは邪険にはできないのだ。
そういう訳で、リサ達四名に加え高校生パパラッチが五名参加することとなった。

リサ達よりも高校生が前に出て仕切りだすと、本来の目的も忘れてズルイ!と悔しくなる。
テーブルにはカメラが数台とパソコンが並んでいる。
写真の他に動画の撮影許可も取るつもりらしく、パソコンは取材内容を打ち込む為だそうだ。
お茶会よりインタビューの色が強くなれば一人だけ近づく事もしにくいだろうし、人目が多ければ尚更。
リサ個人的にも、友人達より親しげに接しては不味いので、その点助かる。
とはいえ。
グレンの負担にならないかと申し訳無い気持ちと、何て図々しい!という憤り。
それとは裏腹に、取材したものは絶対手に入れたい!という欲求が入り混じる。

カフェは通りに面していて、腰の高さほどの生け垣が芝生の小さな庭と歩道の境を示している。
テラスには蔦が張り巡らせた屋根があって、隙間から光が溢れていた。

何度も会っているリサも、友人達と一緒に緊張して落ち着きなくなってしまう。
テラス席で待っていると、その人は現れた。
トレードマークの黒い傘と、長身の執事を従えて。
更にこの日はミセスディナまで同行していて、リサは内心驚いた。

庭に立つその人を前に誰一人動けず、声も出せなかった。
傘の影から覗く黒いスーツと白い手袋。
その人が今、目の前に居る。

「少し、日が入りますね」

テラスに射す日と屋根を窺って、執事はやわらかな声色でそう漏らした。
ゆるやかに波打つ明るい茶髪。
目元は優しく、顔立ちは甘い。
それは単なるマナーであり、愛想だとわかっていても、中高生の少女達はその微笑に見惚れてしまった。
だからうっかりその問い掛けを聞き流してしまって、もう一度聞き返す破目になった。

「主人の都合で申し訳ないのですが、店内へ席を移動してもいいでしょうか。ここは日が入るので」
「は、はい!」

少女達が荷物を持ってガタガタと席を立つと、執事は改めて謝辞を述べた。
急いで移った少女達は、その時を逃すまいとじっと彼を見詰めた。
傘から現れるご尊顔を期待して。

使用人は傘を引き取ると行ってしまい、執事一人がそこへ残った。
雨を避けるように主人の頭上に手をかざし、店に入るまで日を遮る。

奥から中学生、高校生と並ぶ長テーブルの一番手前に一つ、席があいている。
執事が引いたイスに、その人は黙って腰をおろした。

少女達は、はぁ〜っと口を開けて見入った。
近くで見ると透ける様に色が白くて、滑らかな磁器の様だ。
細い鼻梁がすっと通って、睫毛が長く、双眼は潤い煌めいて見える。
艶やかな口唇は肌に映え、桃色が鮮やかにうつる。
見事な造形は感情を映さず、本当に人形の様だった。
美しい、ビスクドールの容貌。
ふっさりと睫毛が揺れ、瞳が動いて、やっとそこに生命を感じられる。

「お茶は?」

全員が彼に見惚れて反応できなかった。

「頼んでないの?」

硬質な響き。
こくこくと少女達が頷くのを見て、執事の名を呼ぶ。

「フォード」

フォードはさっとメニューを広げ、少女達ににこやかにすすめた。

「どうぞ。お好きなものを。主人の財布ですから、遠慮なく」

冗談めかして言ったそれに少女達は思わず吹き出してしまい、緊張で堅くなった空気がやわらいだ。

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