Desert Oasis Vampire 4 「辛い思いをさせてごめん……。俺が……俺がまともな人間だったら…っ」 「やめてください。そんな事言わないで。私はグレン様の為に在るのですから」 グレンは涙で潤んだ目でフォードを見上げ、ゆるゆると首を振った。 「ん?何です?」 優しく包んだフォードの手からするりと抜けると、その指先は怯えて躊躇いながら、フォードの頬をさらりと撫でた。 「フォード…っ。ありがとう。ずっと言わないでくれて」 指先は震えながら、ゆっくりと首を伝う。 「グレン様……」 まさか。 フォードは思わず瞠目した。 指が、ジャケットの高い襟にかかった。 「グレンさ」 「フォード。俺は……」 「違う。違うんです、グレン様」 フォードは慌てて襟元を押さえたが、それが更にグレンに確信を与えた。 「吸血鬼(ヴァンパイア)とは名ばかりだと思ってた……」 「グレン様っ」 「違うって思いたかったのに…っ」 ジャケットの襟を強引にはだけさせると、フォードの首筋にはグレンが想像した以上の傷跡があった。 正確には、グレンが噛みついた歯形だ。 想像以上に酷い傷を見たグレンはショックを受け、両手で顔を覆った。 「何て事を…!」 啜り泣く、愛しい子。 フォードは優しく穏やかな声色でグレンを静かに包んだ。 「グレン様が居なかったら、私は生まれなかったのですから。すべてはグレン様の為に。私はグレン様のものです。だからそんなに悲しまないで。私はこれが幸せなのです」 「どうして……」 艶やかな黒髪を撫で、グレンが顔を見せると濡れた頬を拭ってやる。 「どうして、そんな風に考えるのか?」 目線だけで言いたい事を察し、その問いを引き継いだ。 「単純な事です。これは神がお決めになった事。グレン様を守る為に、神がグレン様の元へ私を使わせてくださった」 グレンは悲しげに目を伏せると、きゅっと唇を噛み締めた。 ずっと騙していたから、フォードの言葉をすぐには信じられないのだろう。 それを悟って、フォードは真摯に言葉を尽くす。 「それまで無意味だった人生が、虚ろだったこの命が、グレン様と出会う事でやっと意味を持つ事が出来た。私はグレン様を救う事で、確かにそれ以上に救われた。この光栄な役目をお与えになった神に感謝し、私はこの使命を喜びと感じている。だからこんな事くらい、何でもないんですよ?」 些細な事だと言って笑うフォードを見て、グレンは泣きながら笑った。 「でも。フォードが死なない程度に、俺の暴走を止めて、ね?」 残して居なくならないで。と、その瞳が訴えていた。 「ええ、もちろん」 フォードは甘く微笑んで、グレンの髪を撫でた。 「朝食はフルーツとか、軽いものにしますか?」 「うん」 「わかりました。安静にしていてくださいね」 笑顔を交わす。 振り返った。刹那。 ドン!と、テーブルを叩く音。 たった今。 今さっきまで、グレン様は笑っていたのに。 「ああ……グレン様……」 「くくっ……くくくくくっ」 私を試すのは神か。悪魔か。 「グレン様」 普段は決してしない舌なめずりをして、片頬でニヤリと下品に笑う。 「品性を疑いますね。グレン様の顔で、そのように笑わないでください」 「あ゛ぁあ!?」 掴みかかってきた邪悪な者はやはり、首を狙ってきた。 襟をなおしていなかったため、噛みつこうと顔を近付けてくる。 揉み合いながらも必死で聖水を取り出したところを弾き飛ばされ、瓶が飛んでいってしまった。 「バカめ」 「くっ」 油断していた。 直前まで綺麗に笑っていたから、邪悪な者に支配され、それが隠されてしまった事に落胆していた。 口を開けて迫るグレンに、フォードは苦しげな顔で叫んだ。 「グレン様…!私を殺すのですか!?」 酷い事を言っている自覚はある。 あるからこそ、自分の心もひどく痛む。 酷く、狡い手だ。 守ると言ったくせに、何て不甲斐ない。 襲来する邪悪な者の存在を認めたせいもあってか、動きを止めた上に、固まった表情に一筋。 涙が伝った。 乱暴にして傷付けないようにと気を使っておいて、心を傷付けてしまった。 心に訴えるなら、他にもいくらだってあったのに。 「申し訳ありません、グレン様」 覚悟を決め、思いきって腕を捻りあげて押さえ込むと、気付いたようにまた暴れだした。 「汚い手で触るな!神の手先めェ!」 「お前こそ!この人の口で汚い言葉を吐くな!悪魔め!」 [*前へ][次へ#] [戻る] |