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Desert Oasis Vampire
第十一話 少女は笑う 彼は惑う
美しく、何も欠けたところの無い完ぺきな人だと思っていた。
けれど彼は、実は何一つ、当たり前にあるべきものを持っていないのかもしれない。

涙を流す彼を見て、綺麗だと思ってしまった事が申し訳なかった。
いつもは彼からハンカチを借りるのだが、その時はリサがハンカチを貸す側だった。

周りの人間は彼の外見だけを見てきゃあきゃあとはしゃぐばかりで、リサはそれが酷く虚しくなった。
誰も彼の中身を知らない。
それは当然なのかもしれないが、彼が孤独であるという事を実感させられて、とても胸が痛くなるのだ。
独占欲からの嫉妬や、優越感などは無かった。
それはむしろ、友人達の方が持っていた。

学校へ来た“ヴァンパイア様”を肉眼で見られた事を嬉々として語る彼女達が求めてるのは、リサが悔しがって羨む反応だ。
はじめこそそれらしくしてみせたが、高校生の姉から流れてくる写真を友人の一人が持ち出したら、リサはもう夢中になった。


本名も知られていないグレンは、中高生の間ではヴァンパイア様と呼ばれている。
そのヴァンパイア様への贈り物を一度しくじっているリサは、彼を元気づける為に再び何か贈ろうと考えていた。
今度は心のこもった手作りのものにしたくて、リサは自分がデザインした服を贔屓の店に注文した。
寸法はこっそりクロフォードに聞いたものだ。

黒い服ばかり着ているグレンの為に、気分が明るくなるようにと白を選んだ。
薄手のコートだが、グレンならジャケットとして着てもきっと王子様みたいでかっこいいだろうと。

出来上がると、リサは早速グレンにそれを贈った。


定期検診の為に出掛ける主人を見送る使用人達は、主人がいつもとは違う白いコートをなびかせているのに気付き、反射的に目配せをした。
それは動揺というより、街の中高生がきゃあきゃあとはしゃぐそれに近い。
しかし、浅く頭を下げていた使用人達に動揺が走った。
何と、主人が足を止めたのだ。
そればかりか、ハッとして振り返り、整列する使用人を見た。
使用人達は驚きのあまり皆顔を上げてしまった。

さらりと揺れる艶やかな黒髪。
磁器の様に白くなめらかな肌。
目を見開き、潤った口唇が薄く開いている。

「グレン様?」

フォードも動揺して、咄嗟に名前を呼んだ。
グレンは何かを捜す様に視線を動かしたが、見つからずにフォードを見た。

「どうかされました?」
「あ……。いや……」

その目には恐怖が浮かんでいて、フォードは嫌な予感がした。

「……何でもない」


車中でもその事をフォードに聞かれたが、グレンは気のせいかもしれないと思って言わなかった。
使用人の前を通り過ぎる時に、誰かが笑ったのだ。

『フフフ……』

それが不気味に響いて、グレンはゾッとして振り返ったのだが、一瞬視界の端に入った金髪の少女はそこには居なかった。
もしかしたら、恐怖が生み出した幻かもしれない。
もう既に散々情けない姿を曝しているけれど、そこまで臆病だとは思われたくなくて、言いづらかった。


体の方は異常は無く、むしろ以前よりちゃんと日差しに気をつけるようになって肌の調子は良好だった。
あまり元気のないグレンに、メープル医師は穏やかな口調で諭すように言った。

『大丈夫さ。彼が、いつも君のそばに居てくれてるんだから』

ね?と、フォードを見て笑みを濃くした。


ぼんやりとソファーに座って、橙に染まる緑を見ていた。
ざわざわと揺れる緑は橙を過ぎ、やがて黒く夜に染まった。
その時、森の中で何かがキラリと光って、グレンはどくりと心臓が跳ねた。
一度森の中で具合が悪くなっているし、フォードにも近付かないようにと言われているから、嫌な印象しかそこにはない。
だからこそ、悪魔がそこに潜んでいるんじゃないかと思ったのだ。

グレンがテラスへ近付くと、散歩に行きたいのか、ルイがサークルの中でぱたぱたと跳ね回る。
一瞥して視線を戻すと、木々の間にちらりと金髪がなびいて見えた。

やはり。と、グレンは思った。
あの金髪の少女の悪魔がうろついている。

罠だろうとはわかっていた。
グレンがガラス戸を開けようとすると、ルイはカリカリとワイヤーをかじったりして暴れた。
それが出てっちゃダメだ。と引き止めている気がして、グレンは優しくルイに言った。

「大丈夫だよ、ルイ。すぐ戻ってくるから」

今日は散歩に行ってやれなかったから、明日行こう。と考えながら、グレンはガラス戸を開けた。

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