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Desert Oasis Vampire

事のあらましを聞いたハンナはやはり冷静に見えたが、一人の使用人を見つけると足早に寄り手を握り合った。
互いに不安げで、ミセスディナの心配をしていた。

「大変よ、ハンナ。ディナが呼びつけられて、グレン様をそのまま連れてくるようにって」
「グレン様を…!?だって、ミカル!」
「そうなのよ…っ」

ミカルと呼ばれた女性はハンナより背が低かったが、それでも高い方に入る。
髪型はボブで、毛先がふわりと内に巻いた金茶色。
薄い茶色の目にはうっすらと涙が滲んでいた。

聞く限り、のんきに階段の手すりでくつろいでいる銀髪の客人の要求は、上半身に何も着ないまま部屋から出てこさせる事だった。
リサはそれがどうして泣く程の事なのか理解出来ず、それは他の使用人達も同じだった。
それでも異様な緊迫感に包まれたのは、彼女達がグレンの部屋に出入りする事を許されていると知っているからだった。

グレンが現れると皆息を呑み、そして囁き合った。
リサは言葉を失った。
会いたいと願った彼の身体のあちこちには、多くの傷が残っていた。
痛々しくて一度は思わず目をそらしたものの、それは彼に対して失礼だと思い直してもう一度見た。
ハンナとミカルは心配で見ていられないといった様子だが、それでもハラハラと見守った。

「ふざけるな!服を返せ!」

ホールに声が響き渡ると、誰もがその場で凍りついて声も出せなかった。
その中で、アイラだけが楽しそうに笑っていた。

街でヴァンパイアだと噂されるグレンを、リサは決してたくましい男性だとは思っていなかった。
かといって青白い貧弱な青年だとも思っていなかった。
街で一度だけ見たのは、そんな想像が先行した信用ならない噂話のものとはまるで違った。
彼は生身の、普通の人間だった。
美しくはかなげで、街行く人が振り返って見ていた。

難しい病を患っていて、そのせいで館からあまり出られないのだと聞いたが、ここに来て始めてリサはその深刻さを知った。
自室で安静にしていなければならず、人との接触も限られるまでに深刻なのか、と。
しかしリサが考えていたより事態は更に深刻だったのだと、衝撃を受けていた。
彼の部屋に出入りし、彼と接している女性達は、こうして要求通りやって来た事を涙ぐむ程に心配している。
その事が、リサだけでなくその場に居た使用人達にも動揺を走らせる要因になった。

怒りに満ちた怒声は力強く、傷跡を人前に晒させる意地の悪い要求にもグレンは堂々として居る。
傍らに居たミセスディナが声を荒らげると、ハンナとミカルがそこへ加わった。
リサはそこに三人の絆を感じ、そしてグレンを守ろうとする彼女達の姿に感動した。

リサがグレンの新たな一面を目撃したのは、そのすぐ後だった。

「グレン様、体調は……?」

ミセスディナの問いに対し、グレンは口を開き何か言いかけるが、何て言っていいかわからず困っていた。
「別に……」と短い返答を絞り出したその表情は、辛く悲しげだ。

リサは、自室へ戻っていくグレンの姿をただそこで見送った。
日常が少しずつ動き出していくその中で、リサは、自分がいつの間にか涙を流している事に気付いた。


女性のすすり泣く声が聞こえた気がして、ページをめくる手を止めた。
耳を澄ますとかすかにだがやっぱり聞こえて、本を閉じる。
出所を辿ると、この部屋の前のようだった。

日は暮れだして、もうオレンジの夕日も消えかけている。
悪魔が居るのだからこの際幽霊が居ても受け入れる覚悟はあるつもりだ。
けれど、廊下の女性はしゃくり上げながら時折何かを呟いていて、人間味を感じた。

どちらにしろ部屋の前で泣かれると気分はよくない。
気をつけて扉を開くと、薄暗い中から「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。
誰だ?と聞こうとしたが、暗い色の長いスカートと白いエプロンが見えて察した。

「何故泣いている?」

扉を大きく開けると、こぼれた明かりでその人が照らし出された。
金髪を結った少女は、真っ赤になった大きな目を、子供の様に真ん丸にして見上げた。

「ここに近づくなと言われなかったのか?……叱られるぞ」

うずくまる少女は、まさかこの部屋の主が出てくるとは思っていなかったのだろう。
言葉を失い、放心している。

「名は何と言う」
「……リサ」

震える声はか細く、消えそうだ。

「何故こんな所で泣いていた」

もう一度問うと、少女は目にいっぱい涙を浮かべた。

「今日、ホールでグレン様をお見かけしました…っ」

ああ、と納得してしまった。
見たのだ。傷を。

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