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Desert Oasis Vampire

猛然と走り出したルイに引っ張られるようにふらふら歩き始めたはいいが、どうにも胸がザワザワと不安に駆られてならない。
そこから毒が広がって身体中を満たしたら、正常で居られなくなってしまう様な嫌な予感。

「待ってくれ」

あんまり暴れられると、リードが手からすり抜けていきそうで。
あんまり世界が揺さぶられると、意識がこぼれ落ちていきそうで。
あんまりそれを繰り返すと、今度こそ本当に光が奪われていきそうで。

ギリギリと心臓が締め付けられる様な息苦しさを覚え、震え出しそうな手で額に滲んだ汗を拭う。
酷い頭痛に顔をしかめた時には、リードを掴んだままで居られなかった。
傘だとか日差しだとかそれどころじゃなくて、放り出した傘が緑に落ちる。

「ルイ…ッ!」

浅く重なる呼吸が尚更平常心では居させない。
それでも小さなルイの後を追って森に入ったのは、必死だから……ではなく、むしろ反射的にだった。
余計な事をあれこれ考える暇も余裕も無い。

「ルイ?何処に行ったんだ」

露出が少ない格好が幸いし、木の枝に引っ掻けて傷をつくる事はなかった。
次第に無視出来なくなる頭痛と目眩。
森を歩き回る程に症状が酷くなって、歩くのが辛くなる。
このままこんな所で倒れるわけにはいかない。

「はぁ…っ、ルイ……」

息が苦しくてまともに声も出せない。
痛い程に心臓がドクドクと早く鳴り、耐えきれずにうずくまる。
と、足にもこもこと何かが触れ、見るとルイがじっと見上げていた。

「ルイ…ッ、お前は…!鬼ごっこでもして遊んでいたつもりか!」

今更心配して戻って来たって遅いぞ!と叱りたいところだが、今はとりあえずここから出る事の方が先決だった。


主人の居ない部屋に訪れたクロフォードは、寝室やバスルームにもその姿が無い事を確かめると、不安な気持ちを胸にテラスへ目をやった。

「クロフォード様?どうかされましたか」

使用人はその様子を前に、緊張感を孕んだ空気を察知しないわけにはいかない。

「グレン様が……」

それ以上口にはしなくとも、聡い彼女は黙って寝室のクローゼットの傘の本数を数え、一本足りない事を確認して「やはり」と思った。

「傘が一本ありません」

きびきびと必要なだけの情報を伝え、判断を待つ。
クロフォードはテラスに出て辺りを見回し、それを見付けると彼女にグレン捜索の指示を出した。
さくさくと芝を踏み締めて近寄ると、クロフォードは転がった黒い日傘を畳んだ。

「グレン様…!」


あちこちの痛みを堪え、呻き声を殺しながら、薄暗い森を這う様に進む。
視界は時々霞んで、まともに意識を保っているのが不思議だった。

心配しているのか、ルイは何度も何度もリードの先を振り返って見ながら気遣う様にゆっくり進んだ。
何処を行けば屋敷へ戻れるかもわからない中で、何故かルイに導かれているかに思えた。
今はその存在に救われていた。
何度か意識が遠退いて、その度にルイが体当たりをして気付かせてくれた。

「ありがとう、ルイ」

その愛しい存在を抱き上げた事で目線が上がると、前方に目が眩む程の光が差し込んでいるのが見えた。
気を抜いたら今に倒れてしまいそうで、手の甲に爪を立てて意識を保つ。
まだ、あともう少し。

言うことをきかない身体を引きずって、光の下に這い出る。

「つ、疲れた……」

その場に寝転がると、ルイは心配してぐいぐいとリードを引っ張った。

「もう、いいだろ……?ここで」

ここなら部屋から見えて見付け易いだろうから、もう休みたい。
しかしルイは休ませてはくれないらしい。
こんな所で寝るなと言いたいのだろうか。

「厳しいな」

いや、ルイなりの優しさなのだろう。
力を振り絞り、再び這って何とかテラスに手が届いたところで胸に痛みが走る。

「うぅ…っ!」

胸元をぎゅっと押さえ込む傍らにぴったりと寄り添うルイ。
励まされている様な気がしてまだ踏ん張りたかったが、部屋には辿り着けずにテラスの真ん中でもう一歩も動けなくなる。
言葉さえ発する事が出来ず、胸を掻きむしる。

いっそ気絶してしまった方が楽なのかとよぎったが、諦めてしまうと二度と戻れないのじゃないかという恐怖がそれを止めた。
人生に絶望している振りをして、結局はまだ執着している。
情けないのを通り越し、呆れ、悲しくさえなる。

息も絶え絶えといった具合で苦しんでいる頭に飛び込んできたのは、甲高い悲鳴だった。

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