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Desert Oasis Vampire

庭師達とはまた違った感情を抱いて放心しているのは、今し方グレンを見送った使用人達だった。

水をかぶって戻った主人は、邪魔そうに前髪をかきあげると長く息を吐き出した。
何事があったか考えるよりも、彼女達はまずその容貌に見入った。
白い肌に目立つ赤い色は形のいい口唇。

気付いた様に慌て出す面々は、興奮を抑えながら互いに目配せした。

見た?
見た見た!

無言で確認し合う彼女達は必死で平静を装おうとした。
が、やはり間近で直接言葉を交わす者は緊張を隠せず、どうしても不自然さが目につく。

一人が傘を預かる。
一人がタオルを差し出す。
それだけだった。
そうして主人が部屋に戻られた後は、仕事中でも構わず、同僚らと体験したこの瞬間を語らいたいという衝動が彼女達を襲った。
けれど、予想外に起こったそれが言葉を失わせた。
浮かれて、不謹慎だったと。冷静になった。

その白い肌を、ただ綺麗だと思っていた。
単純に、羨ましいとさえ。
日差しで赤く腫れてしまう故に隠されてしまうのが勿体無いと思っていた。
だが、はだけたそこから覗いたのは、消えずに残る傷。
それも一つ二つではきかない。
高い襟のシャツのボタンを数個外しただけのその首筋から胸元だけでだ。

見られた事に気付いた彼の反応も更に彼女達に深刻さを伝えた。
あれは恐らく見る事も、知る事も許されない彼の「傷」


無意識に傷をなぞっていた手を放して見れば、やり場の無い苛立ちを覚える。
消えない傷を、掻きむしってしまいたくなる。

濡れて重さを増した服が床に落ちる。
寝室の壁に寄りかかり、心臓の上に爪を立てた。

「こんなの…っ」

憎らしかった。
自分の身体なのに自分でコントロール出来ない身体。
過去の記憶を刻み込む様に這う傷痕。

「こんな……」

目の前が僅かに揺らぎ始める。

「こんな…!」

皮膚にじわりと赤い爪痕が重なっていく……と同時に、誰かが叫んだ。

「やめて下さい!」

ゆらゆらと頼り無い視界を上げる間も無く、ずるりと座り込むそばに駆け寄ったのはフォードだった。

「……やめ、触るな……」
「何があったんです」

声が遠く聞こえる。
また失いかける意識を懸命に繋ぎ止める。
シャツを着せられながら、ゆるゆると首を振る。

「どうすればいいんだ」

誰を信じて、誰を信じてはいけないのか。
ローザは、大丈夫だからもっと信じてみろと言う。けれども。
人間を信じてはいけない、関わってはいけないという深く根付いた思いが邪魔をする。

日の当たる場所へ踏み出そうとしても、肌が焼けて腫れ上がる事に恐怖する感覚と似ている。

猜疑心は拭えなくて、自分ではどうしようも出来なくて、身動きが取れない。
そんな事を考える自分が、酷く醜く思える。

「心も身体も、醜い」

傷痕が心の醜さまで見せつけている様で、苛立つ。
少しの沈黙の後、フォードは何も聞かずに微笑んで見せた。

「私は貴方の為に在ります。貴方が一人きりでも、それがどんな貴方でも、私はいつでも貴方の味方です」
「やっぱり、太陽の下には出られない……」

焼けてしまう。
この肌は、あの光と熱に堪えられない。

逃避でもいい。
依存でもいい。
醜くても構わない。
日差しを避けられるのなら、こうしてフォードが差してくれる傘の下に居よう。
俺は所詮呪われたヴァンパイアなのだから。
闇の中で生きればいい。

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あきゅろす。
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