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Desert Oasis Vampire
第五話 本能
食事時を避けた厨房は人も無く静かで、換気扇や冷蔵庫の音だけが響いている。
そこへ現れた複数の男女は使用人で、主婦の井戸端会議よろしく様々な話に花を咲かせる。
仕事の合間だけあって気だるげなそれも、或る話題になれば温度が上がる。

様付けで呼ばれる彼は大半を自室で過ごし、そこへ行く事の出来る使用人は全体の極一部。
例えそれが出来ても、人嫌いな彼は顔を背ける事が多い為、中々まともにその容貌を拝む事が出来ない。
たまの外出時に叶うほんの一瞬のそれもやはり全体からすれば僅かな数に過ぎず、文字通り、彼の素顔を知る者は少ないのが現状だ。

原因不明の持病の療養の為に屋敷に来たばかりの頃はまだ幼さの消えぬ少年だった。
それが、先の事件で突然ホールに現れた彼は、幼さが抜けた青年になっていて、未だ儚げな印象はあるものの、確かに男性的な強さが感じられた。

そうなるのが当然の流れだという様に、屋敷内では彼の噂で持ちきりだった。
その中でも、貴重な目撃情報の一つ。
ペットのうさぎを可愛がり、何と優しく微笑んでいた!という話には興奮気味の女性陣だった。
そして更なる興奮を煽るのが、同じく先の事件での事。
体を心配する執事の静止を振り切ってまで、親睦を深めるという事で食事に同席したのだ。
普段まったく縁の無い豪華な食事も彼の提案という事で、彼の株は男性陣の間でもうなぎ登り。

そんな事になっているとも知らずに、当の本人は事件の原因となった令嬢へ手紙を書いていた。


顔の横から手元を覗き込んでいる派手な悪魔が鬱陶しい。
近くの街や渓谷の洞窟などに住む仲間に食料を差し入れる事が出来たと感謝の気持ちを述べられても素直に喜べない。
元はと言えば一方的に贈られてきた物だし、逆にこちらが礼を言いたいくらいだ。

「離れてくれないか」

いちいち指の動きまで観察されては集中出来ない。
仕方ない、とぶつくさ言いながらソファーに移動した悪魔は、足を組んで出されたお茶を口に運ぶ。
それを横目に書き終えた便箋を封筒へ。
その時、ガラスを叩く音が耳に入り、振り返るとそこには明るい笑顔を振りまくローザが手を振っていた。

彼女には、改めて礼を言いたいと思っていた。

「ローザ」
「なぁに?」

やはりいざとなると照れ臭くて躊躇ってしまう。
満面の笑みの彼女は恐らくこれから真面目な話をしようとしている事など想像していないだろう。

「街に誘ってくれてから、色々考えた。人と向き合う事も」

ローザは目を丸くし、途端に表情は真剣さを見せる。

もしかしたらそんなに人間を恐がる必要が無いかもしれないとか、信じられる存在が強さになる事だとか。
少しずつ気付けた。

「それを教えてくれたローザに、感謝してる」

やっぱり理屈ではねじ伏せられない不安や疑念があるけれど。
そういった視点に気付かせてくれた事への感謝だった。

「頭から嫌わないで、少しは目を向けてもいいのかもしれない。実際に俺に出来るかわからないが……」

ローザは黙ってハグをして、ニコリと微笑んだ。


「お部屋のお掃除に参りました」

訪れた二人の使用人は言うとすぐ客人に気付き、失礼しましたと慌てて頭を下げた。
すぐに下がろうとする彼女らを呼び止めると、予想していなかったのか目を見開いて固まった。

「手紙を出しておいてほしい」

これまであからさまに嫌いだと言わんばかりの態度を見せていた。
それがこうして自ら近付き、目を合わせている。
驚くのも無理はない。

「あの?」

それにしても反応が無いからさすがに困って首を傾げて窺う。

「はい、かしこまりました…!」

気付いた様に動き出したかと思えば、早足であっという間に出ていった。

「ローザ。お前のせいで余計なライバルが増える羽目になっただろうが」
「ええ、それは私も認めるわ」

何やら珍しく意見が合致した様子の二人にも首を傾げると、ひらひらと手を振ってまるで子供扱い。

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