Desert Oasis Vampire
第四話 街に出たから
手のひらサイズの黒いふわふわが部屋をあちこち走り回る光景は新鮮だ。
檻で囲っておくのを見るのは自分にとって快いものとは言えない。
それを推し量りあえて無いと言ったフォードだが、必要な場合を考えて用意はしていたらしい。
部屋の隅に置かれたメタルワイヤー製のサークル。
比較的大きなその六角形は思ったよりも幅をとったが、一人では無駄なほどの広さのここでは大して気にならなかった。
出してくれと訴える様にサークルを噛む音はその体から考えるより大きい。
外向きのソファーに座り、足元でちょろちょろしていたうさぎを抱き上げる。
隣に下ろしてみたら膝に乗りたがり、それを何とか自力で成し遂げれば更に上りたがる。
見る程に面白くなってきて、試しに腕を出して反応を見てみる。
足をばたつかせてジャケットを引っ掻くうさぎは、差し出された梯子に気付かない。
「間抜けだな」
自然と笑みがこぼれるのは、動物に邪心が無いからだろうか。
人差し指で頭を撫でた時に首を傾げる姿が愛らしい。
目指す場所へ到達すべく奮起し、もう一度暴れ始めたふわふわ。
「おいで」
膝に手を広げそこに乗せたところでやっと目標への近道に気付いたものの、焦って跳ぶから膝に落ちる。
ふふ、と笑っている事を自覚し、見ていて飽きないその存在に癒されているのだと感じた。
瞬間。
物音にハッとして室内を振り返ると、カゴを抱えた使用人が居た。
洗濯物を取りに来たのだとすぐにわかった。
北に位置する寝室から部屋を挟んで反対側。
そこに専用のバスルームがある。
油断していた。
うさぎに夢中でノックにすら気付かなかった。
彼女の方も目が合うと静止し、動揺したのか赤面して、それから頭を下げると急いで出ていった。
自身への苛立ちや人への恐怖感。
人はそんなに恐がらなくともいいものだと教えられたが、中々容易にはそれを消化しきれない。
「本っ当、グレンはフォードにしか気を許さないな」
毎度前触れ無しに出現する悪魔には慣れないものだ。
前を向けばすぐ目の前に迫る姿にびくりと肩が跳ねる。
「おっ、お前!まさかずっとそこに…!?」
想像し、言葉にするのをやめる。
それが事実ならば余りに許しがたい。
「だってそうでもしなきゃグレンがうさぎを可愛がって男前に微笑む顔なんて見れねぇよ」
はっきりと聞きたくなくて言うのをやめたのに、いちいち細かく言葉にするのはわざとだろう。
たった今の出来事を見て「フォードにしか気を許さない」と改めて知ったんなら、更に追い詰める様な事をしなくたっていいのに。
いや、そう実感したからこそ彼は苛立ち、そうしたのかもしれない。
眉間を押さえて溜息をもらす。
「シャインは、呆れるくらい信じる奴だった」
口にされた名前はひやりと胃袋か心臓か知れない何処かをざわめかせるのに十分で、咄嗟に耳を塞ぎたい衝動にかられた。
ぴたりと動くのやめてしまったうさぎは気付いた様に跳ね、アイラが座ったのとは逆側に下りて身を隠す。
本能的にわかるのだろうか。
「俺は『彼』ではないと言ったろう」
「いやいや、責めてる訳じゃない。すまない」
悪魔らしくはない明るさや人間的な空気に騙される。
飄々として、その言葉が本心からのものとはまだ信じきれない、注意すべき人物。
なのに『彼』を語ろうとする姿は感傷的に見え、警戒心が揺らいで崩れそうになる。
けれどそれが策なのだ。
油断してはいけない。
警戒し、深層の顔に触れられぬ様に幾つもの殻をかぶる。
そうせねば深手を追ってしまう。
重い空気を遮ったのはフォードだった。
お茶のカートを押した使用人を従えてやって来たその姿にホッとする。
「グレン様、手を」
「ああ。おいで」
うさぎを抱えてサークルに戻し、水を張った銀の洗面器で手を洗う。
アイラと二人分の湯気がカップから上る。
使用人を下がらせたけれども、フォードは下がらずにそばにひかえる。
うさぎは暴れずにおとなしくしている。
「名前は決まりましたか?」
「いや」
可愛らしい存在だからこそ、名付けるのが難しい。
「なら『アイラ』を使ってもいいぞ」
「断る」
冗談でも悪魔の名前をつけるなんて考えたくない。
「ならドール、いやドロップ」
「はぁ?」
「ドロップだ。弟の名。ドールは愛称だから」
「弟なんて居たのか」
その事実に目を丸くすると、アイラは悪戯っぽく笑って見せた。
「ドールは自尊心が強く向上心も責任感もあって、期待される息子だった」
表情も口調も普段通りに感じるけれど、思い出話をするアイラは、シャインの話をする時と雰囲気が似ていた。
記憶を辿れば嫌でも『彼』を意識の中に引きずり出す事になり、感傷的にならずには居られないのだろう。
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