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Desert Oasis Vampire

勝手に居なくなるわけにもいかないから、フォードに声をかけてその店の前に張り付く。

「黒い」

じっと眺めるその後ろでフォードがくすりと笑う。

「初めて見た」

外から見られる様に設置された、浅い柵に囲まれた中のそれ。
色んな種類が居るのに、黒くて目が赤いその一匹だけが気になって見てしまう。

「小さなうさぎですね。生まれたばかりでしょうか?」
「んー?なーに見てんだ?」

傘を持ち上げ中に入ってきたアイラが、肩に手を置きながら問う。

「うんわ、ちっちぇーな」

カツカツ、とアイラが尖った爪でガラスを叩く。

「グレン様、アイラ様、そろそろ参りませんと」

言われてやっとそこから離れるとローザが腕組みでご立腹だった。


映画館に貼り出されたポスターには、青白い顔をした俳優が鋭い視線を投げて居る。
ヴァンパイアを主役にした物語というのは昔からあるらしく、そうやって好まれているのは人を惹き付ける魅力がそこにあるからだ、と熱弁する。
ローザがこれを自分に見せたかった意味が、何となく感じられた。

いいとこ取りの、きれいばっかりの話じゃない。
ヴァンパイアとしての苦悩がそこにあって、なのに人間に惹かれてしまう葛藤がある。
ヴァンパイアという種の壁を持ちながら、人間と同様に悩み、苦しみ、涙する。

「ヴァンパイアと人間のラブストーリーなんて、私達みたいじゃない!?」

頬を押さえ、きゃあきゃあ声を上げて一人照れるローザ。

「お前との間にはラブストーリーなんて始まってねぇだろ」

ローザは、まさしく悪魔の様にズバリ切り捨てられ憤慨した。


物事は、自分が思うより単純だったりする。
一人で考え込んで、想像するよりも。実際はもっと簡単な事実があるかもしれない。

ヴァンパイアというそれだけで、実は人間と大して変わりなくて、そんなに恐れて遠ざける必要も無いんだと。
そう言われた気がした。


「今日は、連れ回してごめんなさいね?」

申し訳なさそうに笑みを作る彼女に礼を言う自分も、本当に小さく口の端を上げる。

一人になった部屋で、まだプレゼントの包みに手を出せないままぼんやりする。
人を恐れずに接する事。
それを頭で理解しても、心で受け入れる事はとても出来ない。
教えられた事に応えられない。

俺の事など、誰も理解する事は出来ないと、理由をつけて逃げようとしている。
だけどいきなり、人間を恐がる必要はないなんて言われても――。

生まれてきてはいけない存在だった。
生きていてはいけない存在だった。
そこに在るだけで人に害な存在だった。
だからせめて人に近付きたくなかった。

改めて何度も繰り返し、人とは違うと、いけない命だと思い知りたくはない。
本当に安全な証拠など何処にも無いから。フォードが居ればよくて、フォードが居るから生きていられる。
不確かなものなど要らない。
そうやって自分を守ってきた方法は単なる逃げなのかもしれなくて、だけど変わろうにも身動きがとれなくて。
考えても答えは一向に出ず、そんな自分が悔しくて、情けなくて、泣けてくる。

ノックがして焦って頬を拭うけれど、咄嗟に止められるものでもない。
呼ばれて顔を見られてしまうと諦め、ただ黙ってハンカチで拭うのをおとなしく受け入れる。

「無理をしなくていいんです」

握る手は優しい。

「貴方は貴方なのですから」

すべて見通したセリフが耳元で響き、その手は静かに背を撫でる。

「変わろうとする事はいい事です。でも、貴方が壊れてしまう程に無理はしないで。急がなくたっていいんです」

こういう時、フォードはただの執事じゃなく家族なんだと思える。
目の前に膝をついて、優しい笑みを浮かべる。

「プレゼントがあるんです。受け取ってもらえますか?」

何だろう、と首を傾げるとジャケットのポケットからそれを取り出す。
覚えていてわざわざ頼んでくれたんだろう。
ふわりと手に乗った黒いうさぎ。

「フォード、ありがとう」

唯一の、大切な家族。
そして今日から、一匹増えた。

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