Desert Oasis Vampire
第一話 疑いも無く信じられるのはお前だけだ
町外れの、砂埃の舞う道。
建物も石造りではなく木造の、あまり立派とは言えないものが多い南部。
メープル医院はほとんど利益が無いくらい、人々の為に働く親切過ぎる程親切な医者だった。
それを象徴するようなメープル医師は人々に好かれている。
薄茶色の髪はゆるくウェーブしていて、肩まで伸びたそれを一つに束ねている。
大きめの古そうな銀のフレームの眼鏡をかけ、ぼーっとした性格のせいか、または年齢のせいなのか覇気が無くいつも眠たそうに見える。
年齢は不詳だが、少しシワが目立ついわゆるおじさん。
身分のある人間ならそれ相応の主治医にすべきなのだろうが、全幅の信頼をおく執事が選んだのだからと「彼」は納得して任せていた。
体には幾つもの古い傷跡が残っている。
手当てをせずにおいたものが多いせいか、引っ掻き傷やちょっとした切り傷でも残ってしまったのだろう。
ずっと長い間、家族から離れ一室に隔離されていた事で肌が弱く、砂漠の強い日差しに当たる事が出来ない。
「また執事さんの言う事を聞かずに日傘をささず外に出たね」
まったく言われた通りだ。
けれど少し庭に出るだけでいちいち手袋をしたり、日傘をさしたりなどしていられない。
季節を問わずいつでも肌を覆う様な服装をしていなければならないだけも鬱陶しいというのに。
フォードは自分の責任だと頭を下げる。
「君の場合、あまり日に当たり過ぎるとひどくなってしまうから」
気を付けて下さいね、と注意されて渋々頷く。
こんな制限くらいで不満に思うなんて、我ながら随分贅沢になったと思う。
昔に比べれば遥かに自由で、恵まれた環境にあるのに。
「気を付けます」
何より自分の事を思って言ってくれているのだから、と反省して言うと先生は目を丸くした。
それからフォードと目を合わせたかと思うと、二人で同時に吹き出す。
何がおかしいのか疑問に思っていると、素直に返事をしたのが意外だったらしい。
そんなにいつも反抗していたんだろうか。
時折、突然途切れる様に気を失ってしまうのは相変わらず原因不明だった。
それでも特に何の問題も無く帰路につけた。
定期健診の為に、執事の運転する車で町中を行くそれにちらちらと視線が向かうのは、決して車の珍しさだけが原因ではない。
何処から漏れたとも知れない“不幸な生い立ち”
そんな美青年貴公子はヴァンパイアとも噂され、恐れられたり気味悪がられたりもするが実は人気が高い。
魔女を自称する彼女もその一人。
くるくるとウェーブする長い黒髪に、大きな黒い瞳。
砂漠という場所に似合わず彼女はいつも露出度の高いドレスを身に付け、高いヒールで堂々と闊歩する。
赤く艶めく唇で嬉しそうに微笑むと、彼女はその想い人を乗せた車の去った道を歩き出した。
屋敷が位置するのは北にある緩やかな丘の上。
嵐が去った屋敷の庭園では芝生が雨粒で輝き、花壇は変わらず色とりどりの草花を抱いて並ぶ。
森に守られるようにある孤立したこの洋館に訪れる者はそう居ない。
「着きました」
フォードは先に車を降りてドアを開けると、さっと手を出す。
出迎える使用人達とは目を合わさずに、ドアを開けて待つその間を無言で通り過ぎる。
何処もかしこも屋敷と同じく年代物の家具や美術品ばかり。
靴音が響くホールを抜けて、一階の自室へ。
他の階にも部屋はあるのだが、テラス付きでサンルームの様に西側の壁の一部がガラス張りになっている開放的な造りが気に入っている。
景色といえば芝生と森しか見えないのだが、かえって人が通らず静かなため気が楽だ。
広い室内には大きな長テーブルや小さめの丸いテーブル、他にも低いテーブルを囲んだソファーが置かれている。
そして好きな場所が、テラスへ向けて置かれたソファー。
そんな日に当たる場所に居るから注意される事になるのだが。
すっぽりと首を隠す黒のジャケットの襟元をくつろげ普通の襟になおすと、立ち襟のシンプルな白いシャツが覗く。
その時テラスからガラスを叩く音がして見るとローザだった。
ふた付きのバスケットと赤い薔薇の花束を抱えた彼女はいつも通りにテラスからやって来て、テンション高く挨拶をする。
「ハーイ!グレン!」
バスケットいっぱいに、人気のパン屋のものだという様々な種類のパンが入っていた。
丸テーブルに座り、フォードが用意したお茶に口をつける。
それからフォードは貰った薔薇を花瓶にいける為に部屋を出ていった。
自称魔女のローザはこうして手土産を持って訪ねてくる事がある。
他愛のない世間話をただ一方的にされるのだが、終始明るく笑って楽しそうにしているところから見て、ろくに反応が無くとも気にしないようだ。
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