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極道うさぎに恵みあれ

家の前に着いてしまうと、別れてしまうのが名残惜しい。
いっちゃんは車を降りて、またすぐ会えると長い指の背で頬を撫でた。

庭に何人もの組の人が居ても構わなかった。
今はただ素直に甘えたくて、何も言わずに抱きついた。
いっちゃんも黙って抱き返してくれて、最後に頭を撫でて行った。


頭を下げる人達を横目に帰宅すると、三嶋さんは出掛けて居なかった。
勇君が出してくれたコーヒーを手に、リビングで独りごちた。

「三嶋さんも忙しいんだね」

甘えてるかもしれない。
周りは皆優しい人ばかりで、それが心地よくて。
癖になって、欲張りになって、寂しいなんて言って。
優しくない言動に少し触れたからって何だ。

俺はもしかしたら、優しいのが当然だって思っていたんじゃないか……?

長い溜息が漏れると、後ろから緊張しているのがわかる声色が言った。

「自分なんかでよければ、聞きます」

首を回して合った目は、俺の判断を待っていた。
こちらが選べば、いつでも耳を傾けてくれるのだとわかった。

「何か、甘えてるなぁ……って思って」

無言であっても、気持ちを傾けて聞いてくれている事が感じられた。

「ちっちゃい事で恐がったり、傷付いたりして。皆が皆優しいのが当たり前だって思ってるからそうなるんだよ。甘えてるから……」

自分に苛立ちを覚え、言葉にもそれが滲み出てしまった。
よくない感情は他人を不快にさせるから、なるべく出さないように心掛けていたのに。

「生意気ですが、自分はそう思いません」

熱が逃げていくマグカップを見つめ、今度は自分が話を聞く。

「俺は、恵さんは自分に厳しい方だと思います」

意外、というよりも。
通り越して、何を言ってるんだろうと理解が出来なかった。

「俺なんかまだまだ日が浅くて、話を聞いただけに過ぎないんですけど。でも、ずっと寂しい思いをされてきて……普通の家庭だったら無い様な悩みもあったと思います」

前で合わされた勇君の手に、痛いくらい力が入っている。

「当然、ご本人にしかわからない事だと思います。自分なんかが想像してみるだけでは足らない思いをされてきて、今もされているのだと思います」

不思議と、「所詮解り合えない」と突き放されたとは思わなかった。
勇君が言いたいのはそうじゃなくて、とても想像が出来ない経験や思いがそこにあるのだという事だ。

「恵さんはきっと沢山の事を乗り越えてこられた方で、それは想像出来ないくらい凄い事だと思うんです。だから甘えるくらい全然問題無いんじゃないかと…!」

力説する姿から、何の裏も無い、真っ直ぐな気持ちが伝わる。

「周囲を優しいと信頼されているのは、恵さんの心が綺麗な証だと思いますし。恵さんが甘えてると言うなら、それはご自分にとても厳し過ぎます」
「そう……かな……?」

勇君は、俺がもうわかったと折れるまで許さないくらいの気合いで力強く頷いた。

「だからいっちゃんにサボテンって言われるんだね?」

なるほど、と納得して言った言葉が可笑しかったらしく、吹き出した途端に空気が和やかになった。

いっちゃんもそんな自分をわかっていて、だから甘えさせてくれたのだろう。
深く、愛情を実感する。

勇君は俺の心が綺麗だからなんて言ったけど、それは逆なんじゃないかと思う。
皆の優しさや愛情で満たされて、自分が幸せで居られる。
大好きな皆のお陰で。

すっかり温くなってしまった甘めのコーヒーと一緒に、幸せな気持ちも体の中に広がっていく気がした。

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あきゅろす。
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