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極道うさぎに恵みあれ
序言
静かな住宅地の中で、和風の立派な門構えを持ち白い塀に囲まれた広い敷地。

純和風の屋敷の前にはきれいに手入れされた日本庭園が広がり、その屋敷だけでも大きいというのに同じ敷地内には洋風の一軒家がある。
これまた広い芝生の庭が望めるその離れには家主の孫が一人、世話役の人間と暮らしていた。

表札には藤城[フジシロ]の姓。
カラッと爽やかな朝に流れる穏やかな、一般家庭と何ら変わらぬ空気がそこにある。
極道が家業とは言っても人間。
爽やかな朝を迎える権利だって当然ある。
年中殺伐とした空気にさらされ、怒号が飛び交う緊迫した日常とは程遠い「家庭」がそこにもあった。


三嶋秋徳[ミシマアキノリ]は、その豪邸とも言うべき家で住み込みで彼の世話役をしている。
兄と弟、二人だけの兄弟をずっと任され、彼らの祖父である家主からも信頼される人物。

彼らの親代わりと言ってもいい三嶋だが年は三十三。兄の一弥[イチヤ]とは六つしか変わらない。
一弥が家業を手伝うようになってからは、彼、恵[メグミ]ともう一人の若い世話役と三人での生活になっている。

長身にスーツをまとい、その黒い前髪を後ろに流す。
整髪料などできっちり固めているわけでもないので、緩くウェーブした髪がさらりとこめかみを隠し、それが額にもかかる。
髪を下ろせば今よりもっと若く見られるであろうキリッと整った容姿は、よく上品そうに控えめな笑みを浮かべる。
けれども何処か他人との間に壁を感じさせる、冷たく突き放した様な視線を投げる。
それは藤城組に関わるなら必要だったのかもしれない。
が、それも恵の事となると突如だらしなく緩んでしまう事も少なくない。
それほど溺愛しているその恵はもう高校の二年になるというのに、三嶋はまだまだ彼を可愛いと言っては頬を緩めている。
今朝も時間より早めに二階の彼の部屋へ行き、寝顔を十分に堪能してからニヤニヤと止まらない笑みを抑え込んだ。

「恵さん。起床のお時間です」

引き締まったはずの顔は組での温度が感じられぬものでなく、愛しげに柔らかな微笑が浮かんでいた。
静かな寝息が止まない彼の金茶色の明るい髪が揺れ、色素が薄い為白くきれいな肌が身動ぐ。
薄く開かれた形のいい唇はほんのり赤く、無駄な肉の無い適度に引き締まった腹がシャツから覗いている。
それを眩しいと感じながらも三嶋は恵の肩を揺する。

理性がうっかり負けてしまいそうな掠れた声が漏れ、茶色の瞳がぼんやりと見上げる。
目尻が僅かに垂れた大きな二重でじっと見つめられると思わず絶叫して抱き締めたくなるそれ。

朝は確かに弱いのだが、性格的に穏やかでのんびりした恵。しばらくぼーっとしてから、のそのそと起き出す。
背の丈も三嶋には届かないまでもあと数センチで百八十と高い方で、こうして黙って居れば女性にかなりモテる容姿をしている。
男らしい色気の漂う彼に見えたのは一瞬で、脳が起きてきてやっと三嶋に反応すると雰囲気が一変してしまう。

「あー、おはよう三嶋さん」

元から素直で優しい彼に三嶋は勿論、兄も祖父も組の人間までもがデレデレとその魅力にやられ、そのまま愛されて育った結果。見た目にそぐわぬおっとりした性格に真っ直ぐ素直に育った。
それを象徴する様なあどけない笑みは無防備で、人を疑う事も知らないんじゃないかと三嶋は心から心配している。

それもこれも皆男達が彼を盲目的に愛したがため。
よく言えば優しく育った彼は、女性から見ると優しすぎて物足りないらしい。
ふわふわと何処か掴み所が無く、どうにも読めないから好意を持ってしまうと厄介な相手。
外見に惹かれ男らしさを期待して裏切られた女性は数知れず。
詰る所はその外見を生かしきれずに、モテるのは滲み出る可愛らしさに引き寄せられた周囲の男達に、だった。

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