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極道うさぎに恵みあれ

「俺は、家族が好き。だから自分も役に立ちたいのに、皆がそうさせてくれないんだ。大事に思ってくれてるからだってわかってるけど、俺だって家族だもん……」

政幸は恵の背中をぽんぽんと叩きながら、明るい声を出しておどけるように話した。

「ほらっ、紫央は森の中に捨ててきても野生化して一人でしぶとく生きていけそうだけどさ、めぐちゃんはこんな野蛮なのとは違うでしょ?」

“こんな”と言われた紫央はあえてツッコまず、政幸が励ますのをすまして聞いていた。

「コイツみたいな凶暴な獣に、可愛らしいうさぎみたいなめぐちゃんはペロッと食べられちゃいそうだし。きっと心配なんだよ。それにめぐちゃんは多分、居るだけで皆の癒しになってると思うけどな。それが一番凄い事だよ」

ホントに?と窺うように、恵は上目遣いで政幸を見た。
政幸が自信を持って大きく頷いてみせると、恵はふんわりと笑みを浮かべた。

「ナンパで適当なキツネには言われたくないけどな」
「誰がキツネだ!野蛮なオオカミめ!」

紫央と政幸のやり取りに笑いながら、恵はこんな優しい二人の友達を諦められないと思った。


家の門をくぐった恵は、藤城の本邸をちらりと見て通り過ぎた。
門の外で車が止まりドアの音がいくつかしたのを聞いて、恵は期待して振り返った。
そこで待っていると、期待通りの顔が取り巻きを連れて現れ、恵はぱぁっと明るい表情を浮かべた。

すぐさま駆け寄りたいのをぐっと我慢して、兄が来るのをそこで待つ。
一弥は恵に気付くと引き締まった表情をふわりとゆるませ、やわらかい空気を滲ませた。

「いっちゃん」と呼ぼうとして口を開いたが、スーツ姿ではない人影が入ってきたのが兄の背後に見えて咄嗟に止めた。
お客様なら失礼になるという反射的な反応だったが、次の瞬間には小さな違和感のようなものを察知していた。
恵の脳に飛び込んできたのは汚れたシャツと、仁王立ち。激しい怒気。
そして、握り締めたナイフ。

サァッと身体中を寒気が、畏怖が、恐怖が走り抜けた。

「いっちゃん後ろッ!」

叫んだと認識するより先に口が動いていた。
一弥が振り返るのと、ずんずんと大股で近寄る男を止めようと取り巻きが動いたのは同時だった。
捕えようとした複数の手がすり抜け、振り切られ、刃先が兄に向かう。

「恵さん!」
「こちらへ!」

ぐいっと強引に動かされ、言われるがままされるがまま家へ連れられて一人だけ中に入れられた。
あまりに一瞬の出来事で、それらが三嶋さんと勇君だとわかったのはバシン!とドアが閉められた後だった。

外では男達の怒声が飛び交い、玉砂利の音がうるさいほど聞こえた。

恵は鍵に手をかけながらドアにぴたりとくっつき、耳をすまして男が捕えられるのを待った。
苦しげに叫ぶ声から男が抑え込まれたのだと察した恵は、そろっとドアを開き様子を窺った。
襲撃に来た犯人が男達に捕えられ本邸へ連れていかれるのを確認してからドアを大きく開いて、兄の姿を探す。

「しっかり見ておけ!!恵に何かあったらどうする!」

ビリビリと響く喝。
玉砂利の音に男達の叫ぶ様な謝罪の声がかぶさる。

恐る恐る出ていくと、憤り鋭い怒気を放つ一弥が本邸の玄関先に立っていた。
無事だと安堵した。が、その左手は流血してぽたぽたと滴っていた。

「大変!」

ハンカチを出して広げながら駆け寄ったのは、反射的にだった。

「いっちゃん、血が…!」
「恵」

ハンカチをぎゅっと巻いている自分の手が震えているのを、そこで初めて気付いた。
それでも構わず無視して、ハンカチをきつく結ぶ。

「いっちゃん、痛くない?後でちゃんと手当てしてね?」

巻いたハンカチの手のひらの方がじわりと赤く染まっていく。
きっと咄嗟にナイフを掴んだのだろう。

「皆の為に、自分の身を守るのを優先するのはわかる」

赤くなっていくハンカチを見ていたら、視界が熱く滲んできた。

「でも、やっぱり…っ」

苦しいし、悔しいし、とても悲しい。

「だけどちゃんと聞き分けるっ。言うこと聞くっ。だから俺を置いて、遠くに行ったりしないでね…っ?」

いっちゃんが居なくなったら、どうすればいいかわからない。

「大丈夫だ。大丈夫だよ」

いっちゃんは頭を撫でて、何度も「大丈夫だ」って言ってくれた。
駄々をこねる子供みたいな情けない弟でも、いっちゃんはいつまでも優しくそこに居続けてくれた。

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