極道うさぎに恵みあれ 第七話 うさぎと獣 仕事に行く前に兄が来てくれた事を素直に喜べなかったのは、深刻な話になるとわかっていたからだ。 「危ない事とか、少しでも何かあったらすぐに誰かに教えなさい。俺でも三嶋でも誰でもいいから。迷惑だとか考えなくていいんだからな?」 俺はうつむいて、言う事を聞くしか出来なかった。 いわば、荷物だ。“家”にとっての負担になっている。 そんな罪悪感があった。 「恵が“家”に迷惑をかけたら……って思うのと同じ様に、皆も自分達のせいで恵に迷惑をかけたくないって思ってる。だから遠慮なんかするな。恵に何かある方が心配なんだ」 「はい……」 家の役に立つ事。 それが自分の価値だと密かに思ってきた。 いくら祖父や兄や三嶋さんが切り離そうと努力、配慮してくれても。 それはこの家に生まれた宿命なのだから。離しようがない。 どうせ死ぬなら、一番家の役に立つ形がいい。 そう思ったのはいつだったか、もう正確には覚えていないけれど。 そう思うほどには自覚があった。 藤城の家に生まれたのだから。 今死んでも利益にはならない。 それぐらいの勘は働くし、判断出来る。 俺は無闇に殺されてはならない。 家の為にも。兄の為にも。 「紫央君はお家の事で誘拐されそうになったり、危ない目にあった事は無いの?」 真っ直ぐに投げられた真剣な問いに、紫央はただ目を丸くした。 政幸はずるっとコケて、高校生が話すには非現実的なその内容にツッコむ。 「何の話してんだっ」 昼食時にする話ではないが、こういう時でないと聞けない。 きっと互いに、あまり人に聞かれたくないと思うから。 「小さい頃はあったみたいだけどな。軽い脅迫みたいなヤツが。だけど直接危ない目にはあった事は無い」 「そうなんだぁ……」 何か考え込む恵を気にしながら、政幸は強面の友人をからかう。 「お前無愛想だから誘拐する気になんなかったんじゃねーの?」 「うるせぇ」 膝の上できゅっと両手を握り締めて、恵は紫央を見つめた。 「あの……怒らないで聞いて?」 紫央は眉間にシワをつくり鋭い目付きをしていたが、黙ってそれに頷いて聞く姿勢になった。 「紫央君は、お家のこと好き?」 紫央はじっと恵を見返して、答えを口にした。 「好きか嫌いかで言ったら、嫌いだな。重くて、鬱陶しい」 あまり聞いた事の無い紫央の思いに政幸も耳を傾けたが、気恥ずかしいのもあって顔は背けていた。 「じゃあ紫央君は、どうして頑張ってるの?紫央君は一人で何でも出来るでしょ?それが役目だから?」 紫央は一つ、短く息を吐いた。 「まぁ、一人息子だし。雰囲気的にそうしなきゃならない感じになってるってのはある。ただ俺は親父に『そういう人間じゃなきゃ後を継げない』と言われただけで、『後を継がせる為にそうしろ』と言われたわけじゃない」 “やれ”と強制された事は一度も無い。 いつも『やらないと困るのはお前だから、俺には関係無い』というスタンスだった。 「やりたいんなら協力してやるとは言われたが、俺はそれを自分で選んだと思ってる。そういう家に生まれたからとか、そうせざるを得なかったとか、人のせいにするつもりはまったく無い」 恵はチクリと胸が痛んで、うつむいてしまった。 「親父は自分の子供だからって理由では後を継がせない人だ。じいさんから必死の思いで認められて、やっと任された会社らしいからな。それを子供だからって任せてあっさり潰されたんじゃ、たまったもんじゃないだろ」 紫央は個人的な感情を切り放し、父親の考えを理解して判断している。 それが自分と比べて大人だと、恵は反省した。 「逃げるのは楽だけど、『今時の若い奴は根性無しだ』って思われるのも腹立つだろ。そんなもんか、って見下された気がして」 どんどん落ち込んでいく恵の背を撫で、政幸はそっと声をかけた。 その優しさに応えるように、恵はこくこくと頷いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |