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極道うさぎに恵みあれ
第六話 天秤にかけるもの
一弥から貰ったサボテンの為に、サボテンの本を真剣に読んでいる恵を見て、三嶋は笑みを抑えきれなかった。

友人と外出するという彼は、家を出る予定の時間より随分早くリビングで待機している。
本に夢中になるあまり、ぷるんと潤った薄桃色の唇が薄く開いている。
茶色がかった虹彩を持つ垂れた目も、じっと本に注がれている。

肌は白くきめ細かくて、いくら引き締まった表情をしていても容貌の綺麗さは隠せない。
なのに“可愛い”という表現になってしまうのは身内の欲目からなのか、彼の人柄がそうさせるのか最早正しく判断出来ない。


「恵さん。そろそろお時間じゃないですか?」
「あっ、そぉーお?」

待ってましたと言わんばかりにぱぁっと咲いた笑顔で三嶋を見上げる。
こういう素直さが彼の可愛らしいところだ。


政幸と紫央と共に駅前の映画館に来た恵は、ロビーである人物を見かけて咄嗟に紫央の背に隠れた。
それは恵をさらったあの外人で、たまたまとは思えなくて一気に心拍数が上がる。
組と取引をして手を引いたはずなのに……。

「めぐちゃんは?飲み物何にする?」
「……んっ?」
「一緒に買ってくるから。めぐちゃんはここで待ってて?」

政幸が飲み物を買いに行った後、紫央はトイレに行ってしまい、恵は一人になってしまった。
そこに音も無く近付いてきたあの外人が、顔のそばで囁いた。

「例の女が、また何か企んでるようだ」

男はそれだけ言うと去ってしまったが、一気に恐怖心が襲った。
情報をくれた事はありがたいが、恐らく家から後をつけてきたのだろうと思うとまだ自分には隙があるのだと思った。

今の内に三嶋さんに電話しておこうと思ったが、ユッキーと紫央君が戻ってきてしまって無理だった。


映画館を出ると日がうっすら暮れ始めて、外灯やネオンが眩しく感じた。

映画はちゃんと観たし、ユッキー達とも感想を言い合ったし、動揺は決して悟られていない。
そう思ったのに、二人は沈黙すると目配せをして、何か挙動がおかしかっただろうかと思わせた。
しかしユッキーは笑顔で振り返ると、行きたい所があると提案をした。


やって来たのは、高台にある公園で、日が暮れて夜景が綺麗に見えた。

「すごいねぇ…!」

吹き抜ける空気も気持ちよくて、何を悩んでいたかも吹っ飛ぶ気がした。
そしてふと、彼らが気遣ってここへ連れてきてくれたんじゃないかという気になって、そろっと二人を見た。

ユッキーはいつもの様ににっこりと微笑んでいるし、紫央君もいつも通り鋭い目付きで外方を向いている。
けれどどこか優しさが伝わって、嬉しさと諦めの溜息がゆっくりと漏れた。


友達に、なってしまった。

つくってはいけないとずっと思っていたのに。

もし、いっちゃんに……。いや、もしかして組に何らかの計算があって、それを利益だと思い黙認したのなら。
それはそれで家の為にはなるかもしれない。
けれどそんなの単なる希望的観測に過ぎないとわかっている。
どっちにしろ、いざという時に迷い無く家を選べなければ困る。

どっちかを選ばなければならなくなった時。
家の為に捨てなければならなくなった時に。

これ以上大事な友達になってしまうと、家を選択出来なくなる。
そうする事が、自分が家の為に出来る唯一最大の事だと思っていたのに。

最早既に、こんな素敵な場所にまで連れてきてくれる二人は、大事になっているのかもしれない。


夜景を見ながら何かを考えている様子の恵をチラリと見て、政幸と紫央はまた目配せした。
やはり。と。

恵が何を考えているかは二人にはわからない。
ただ、ふわふわとした可愛らしい空気が陰ってしまうのが勿体ない。
普段が嬉しそうにうさぎの耳をぴこぴこと動かしているとするなら、今はぺたんと力無く垂れているだろう。


「紫央君。あの……聞いてもいーい?」
「あ?何を」

多分怒ってはいないのに、目付きや声の調子や雰囲気もすべてがそう思わせる。
しかもこれから不機嫌になりそうな事を聞くから尚更びくびくしてしまう。

「紫央君は、家の為に頑張ってるの?」
「あ゙ぁ?」

眉間にシワを寄せて睨み付ける迫力がすごくて、思わずびくっと肩を揺らした。
ユッキーが「まぁまぁまぁ」と笑いながら、紫央君の肩をばすばす叩いてなだめ、フォローしてくれた。

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あきゅろす。
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