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極道うさぎに恵みあれ

手首を強く掴んで引っ張られ、乱暴な仕草であごをがっちりと捉えられた。
急にびっくりしただけではなく、殴られるのかと思うほど怖くて恵は咄嗟に体を強張らせた。

「ホラな」

何が“ホラ”なのかまったくわからないが、何も反応してくれないのとは違う反応を見せたという事を政幸は紫央に敗北感を感じたらしい。

「くっそーう!何故だ!」
「ぁ……あ……。ユッキー……」

怖い場所で放っておかれた恵は、肩をすくめきゅうっと縮こまって、ユッキーに助けを求めた。
不安感いっぱいに、少し潤んだ目ですがる様に見つめる姿がたまらなく可愛かったようで、政幸は可愛い可愛いとはしゃぐばかりで一向に助けず、恵の反応を観察して楽しんだ。

紫央は一応計算通りな反応を見せてくれてホッとしたのだが、それに対する政幸の対応にがっくりした。
助け出してやって優しく抱き締めるなりすれば株も上がるだろうに、楽しんでどうする。
仕方なく少しだけ付き合ってやったが、続ければ続けるほど政幸の株が下がる事に気付いてやめた。


休日に三人で映画に行く事が決まり、だらだらと過ごしている内にあっという間に日が暮れてくる。

「どうする?メシ食ってくか?」

当たり前の様に紫央から自然に出た提案は、ユッキーが来て遅くなった時によくご馳走になってるのだろうと窺わせた。
が、恵は焦った。

「えっ!もうそんな時間!?」

行き先は言ってあるし、見張りもつけてくれるとは言っていたけれど、やっぱり遅くなり過ぎて心配をかけるのは嫌だ。

「門限あるの?」
「無いけど、遅くなったら迷惑かけちゃうから……」

焦って電話をする恵を見て、やはり恵はお坊っちゃんだと二人は思った。
クラスメイトは興味本意で、半ば揶揄する様にその言葉を使うが、二人は違う。

育ちがよく上品で、清廉潔白。真面目で世間知らずで、故にちょっとボケたところがある。
二人にとって恵はそんなイメージだ。

朗らかに笑う姿に何故かホッとするのも、まったく攻撃性の無い人柄のせいだろう。


「来るって?」
「うん」

電話を終えた恵に、政幸は他の誰に対しても選択しない笑みと声色で訊ねた。

恵はうつむいて何か言いたげにもじもじして、チラッと二人を窺った。

「ん?」

政幸は一度紫央と顔を見合せた。

「あのね……?」


何も出来ない。
紫央君みたいに、一人では何も出来ないと思った。

それは多分当然で、環境的にもそうならざるを得なかったかもしれない。
だけど、自分はすごく甘えているのだとわかったから。

せっかく。
せっかく出来た友達なのに。

「あのね?家がどうだって、嫌いになったりしないで?」

どうか。
急に「騙したな」と突き放して去ったりしないでほしい。
それが我儘かもしれなくても。

不安で震える声が、艶やかな口唇から漏れる。

「付き合いきれないって見放したりしないで?今は甘えてばっかりだけど……。でも、嫌ならもっと一人で何でも出来るように頑張るから…っ」

膝の上でぎゅうっと拳を握る。
堪えようとしても視界は熱く潤んで、声は情けなく震えて漏れる。

「だから……」

ユッキーが優しくしてくれるほどに、いつか面倒だって見放されるんじゃ?と恐れた。
紫央君が怒る度に、もう友達じゃなくなるんじゃ?と恐れた。

「友達をやめるって言わないでぇ?」

泣きそうに、絞り出された。

不安げにおろおろ狼狽えたり、怖がってぷるぷる縮こまったり。
それなりに見てきたつもりだったのに、政幸と紫央は初めて恵の負った傷の一端を垣間見た気がした。

恵が自分の家の事を話したがらないのは、ずっとそれで傷付いてきたからだろうと思わせた。

政幸はそっと肩に手を置き、大丈夫だよ。と笑いかけた。

「俺達はずっとめぐちゃんの友達だよ。もし何か言われても、紫央が一発退治してくれるから、ね?」
「問題にならない程度にならやってやる」

恵は涙を滲ませながら、ふわりと幸せそうに笑った。


走り去る高級車をベランダから見下ろしながら、政幸は紫央を肘で小突いた。

「お前とは全然違うタイプのおぼっちゃまだな」

からかっているわけではなく、純粋に実感として、だ。
だから紫央も素直に頷いた。

「スレてない。ああいうのが本当のお坊っちゃまだろ」
「お前が商人の出なら、めぐちゃんは上流階級の貴族だな」

納得出来る例えに、二人はうんうんと深く頷いた。

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あきゅろす。
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