極道うさぎに恵みあれ 4 紫央がユッキー以外と仲良くし、昼食も一緒だと知った姉は驚いた。 人に家の事を聞かれるのを嫌い、他に友人を作らなかったからだ。 紫央はそれだけ自分の家について敏感なのだ。 しかし一弥を改めて見て、彼の弟である新しい友人がそれを理解出来る人間なんだろうと察せられた。 保護者会が終わると姉はすぐ一弥に深く頭を下げ、お礼を言った。 だが一弥は、庇った訳じゃなく本当の事を言っただけですからと頭を上げさせた。 一緒に帰る約束をしていたから、一弥は何処で待っているのかと思い恵の携帯にかけた。 しかしコール音は鳴り続けるだけで、試しにもう一度かけ直しても同じだった。 一弥は少し不安に思い、早足で歩きながら運転手にかけた。 もう車に乗っていて寝てしまったとか、そんな事だったら……と願う。 「恵は?そこに居るか?」 出るなり早口で聞かれ、運転手は何かあったのかと焦った。 緊張が走り、咄嗟に事態を察した運転手は簡潔に答えた。 『いえ、こちらには一度も。恵さんの車に確認しますか?』 「いい。俺がかける」 ブツッと切れた携帯を手に、運転手はゾッと背筋が冷たくなった。 一弥は普段から穏やかで、とても紳士的な人だ。 だがそれは表の仕事をしている時で、今の声を聞いた瞬間“裏”の空気を感じて身が引き締まったのだ。 恵を送迎している運転手に聞いたが、先に一人で帰ってしまったという事もなかった。 今朝も「帰りはいっちゃんと一緒」だと楽しみにしていたらしいし、一体何処に消えてしまったのか。 そもそも恵なら、保護者会が終わるまで教室の前で待っていてくれるだろうと考えていたのに、学校に来てから一度も会ってさえいない。 担任に聞いたところ、帰りは普通に教室を出ていったそうで、恵の靴箱を確認すると靴は無かった。 もう一度確認しても、敷地内の駐車場に居る運転手は恵の姿は見なかったという。 教室を出てから靴をはき、逃げる様に正面以外からこっそり帰ったというのか。 一弥はすぐさま恵の方の家に電話をかけ、話しながら車へ向かう。 「恵は?帰ってる?」 『いえ、まだ。一弥さんとご一緒じゃ……』 出たのは三嶋だった。 「歩きだったら、学校から家までどのくらいかかる?」 三嶋は一弥が知りたい事を察し、先回りして答えた。 『今日のスケジュールですと、終わってからすぐ徒歩で帰宅したとしてもとっくに到着してないとおかしいですね。捜させますか?』 「ああ。派手にするな」 『わかりました。何かわかったら連絡します』 車に戻ると、運転手はすぐに出られる状態で待っていた。 一弥はとりあえず、家までの道を捜す事にした。 兄の予想通り、紫央と政幸と別れてから、恵はちゃんと昇降口で兄を待っていた。 だが兄がやって来る前に捕まってしまったのだ。 沢山の保護者が訪れるこの機会に乗じてやって来たのは、スーツ姿で、会社員にしか見えない若い男だった。 「騒ぐな。靴を持って黙ってついてこい」 背後から突然耳元でそう言われ、恵は黙って言う事を聞いた。 学校を出ると一人だけ車に乗せられて目隠しをされ、手首も後ろで拘束された。 誘拐犯が何人か、何処へ向かっているのか情報を得るため耳を澄まし気配を探っていたが、車が走る音しかしなかった。 しばらく走って車が止まると、やっと犯人が口を開いた。 「暴れないのか」 気配から運転をしている一人しか居ないようだったから、走行中には殺されないだろうと思っていた。 そこで騒いでも犯人を怒らせるだけだろうと思っていたから、言う事を聞いておとなしくしていただけだ。 目隠しを外されるとやはり犯人は一人だけだったが、相手は体格のいい外人だった。 顔を見られても構わないのかな?と思ったが、殺す気だから見せたのかもしれないと思い至る。 相手はとても抵抗出来るような人間じゃない。 「殺すの?」 人質にとって金を引き出すのが目的なら、家族にそれを知らせるまでは殺されないだろう。 少しは時間がある。 その間に隙があれば逃げられるかもしれない。 だが殺す事が目的なら逃げられないなぁ、とまるで他人事の様に冷静に考えていた。 犯人の男は不思議そうに、こわくないのか?と聞いた。 「そういうのも、役目だから」 「役目……?殺されるのがか」 男は驚いて、明るい色をした目でじっと見た。 「必要な時もあるんだよ。でも、意味無く殺されるのは嫌。どうせ殺されるんなら、家の役に立つ死に方をしなくちゃ」 「死ぬのがこわくないのか」 「家の為なら。でもムダに殺されるのはこわい」 「なんてことだ……」 理解できないというように、男は首を振って頭を抱えた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |