極道うさぎに恵みあれ 2 この日の昼食では、いつもの場所に紫央は訪れなかった。 紫央が勝手に不機嫌になっていただけなのに、恵はまだ自分の態度のせいで紫央に不快な思いをさせてしまったんじゃ?と気にしていた。 政幸は、ただ紫央が友人と仲良く昼食なんて気分になれないから一人で食べるんだろうとわかっていたから、いつもの様に明るく振る舞って恵を元気づけようとした。 「だいじょぶだいじょぶ!今日終わったら、また一緒に皆でお昼食べられるよ!」 「うん……」 兄は、何も言わなかった。 あの子は恵と合わないんじゃないか?とか、友人選びにはもう少し慎重になりなさいとか。何も。 それどころか「よろしく」と言ったのだ。 「これからも恵をよろしく」と。 昼食を一緒に食べていると知った上でそんな好意的な態度をとるなんて。 直接的でなくとも、三嶋さんや勇君からも何も言われなかったし、正直、戸惑った。 これまでなら兄は少なくとも警戒感を滲ませるはずだし、兄が知れば三嶋さんへも連絡が行くだろう。 恐らく、やめさせろ。と。 進級する時も「昼食は一人で」と念を押されたのに、何故今許されたのかがわからない。 三嶋さんは冗談を言って答えを避けるから、もうそれを問い詰めようとはしなくなった。 だって。 気付いているから。 いや。最初から、わかっているから。 だからこそ戸惑うんだ。 いいの? 僕を止めなくてもいいの? だけど反対に、嬉しくもあった。 やっと友人としてユッキーを認めてくれたのだと。 紫央君とは会ってないけれど、兄の事だから当然それも把握して黙認しているのだと思った。 それが希望的観測だとしても、もう兄が自分を大事に思ってくれていないのだとは思いたくなかったから。 それに、自分にはまだそれだけの意味があるんだと思いたかった。 まだ、兄が守ってくれるだけの価値が自分にはあるんだと。 兄や三嶋さんはそんな事考えなくたっていいと言うだろうけど、仕方ない。 それが極道の家に生まれてしまったという事だ。 いくら放棄せよと言われても、それなりに役割がある。 それでもせっかく認められた友人だから、大切にしたいと前向きに考えていたからこそ、傷付けてしまうのが恐いんだ。 怒らせて、失ってしまうのが恐いんだ。 昼食を食べて今日は終わりだったから、恵は兄が来るまで一人で待っていた。 そこは三階の非常口を出た所で、恵は壁に寄り掛かってただ座っていた。 そこへやって来た教師は、恵に気付き驚いて声をあげた。 「何してんだ、こんなとこで」 「ぼーっとしようとしてます」 「はぁ?」 何を言ってるんだと聞き流そうとして、去ろうとした足を教師は止めた。 その教師は去年、恵のクラスの担任だったから、言葉の真意を知ろうと考えたのだ。 「何で?」 そしてその考えは、教師として正解だったかもしれない。 「皆が、守ってくれるんです。それは自分が愛されてる証拠だって思う」 「うん」 その“皆”が何を指すのか、担任だったから察せられた。 「だから俺は、幸せそうにしてなくちゃいけない。俺にはそれしか出来ないから、それで皆に返すしかないんです」 「子供なんだから、そこまで気を使わなくたっていいと思うぞ?」 だいたい他の高校生は『愛されてる』と意識はしないし、ましてそれに応えるとか真面目に考えてはいないだろう。 しかしそんな教師の意見は、特殊な家庭に生まれた恵には通用しない。 それでも他と変わらない一人の子供として、言ってやるべきだと思ったのだ。 恵はとても冷静に、そして静かに口を開いた。 「役目だから」 一年間藤城恵の担任を経験して、一度も見た事のない顔だった。 これが“そういう”家に生まれた子供なのか、と。 教師は思い知らされ、恐くもなった。 藤城恵はずっと、学校でも私生活でも、家業がバレない様に過ごしてきたのだろう。 その中で彼がどこまで自分を演じてきたか。 周囲が勝手に当たり前の子供らしさを求め、押し付けているだけで、実はとても冷静で大人びているんだったら……? 『ぼーっとしようとしてます』 あの何も考えていないような、のんびりとした振る舞いも全部彼の演出だったら? そう考えさせるのもすべて、彼が生まれた家が特殊だからだ。 教師は深読みし過ぎて一人で混乱し、曖昧に声を漏らしてその場を去った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |