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極道うさぎに恵みあれ

物が少ない殺風景な自室。
シンプルな白の便箋がまだ余っていたはず。
机の引き出しから探し当てたそれに書いたのは近況と、今の気持ち。

会えなくて寂しい。
我儘を言ってごめんなさい。
でも、時間がある時でいい。
たまにでいいから会いに来て。


夕食になり、渡してもらうよう三嶋さんに手紙を預けた。
勇君はその後ろで興奮気味に叫ぶ。

「健気で可愛いです!恵さん!」

けれどそれよりも気になるのは、電話のそばにあった一輪挿しが一度壊れて修復されているという事。

「ねぇ。アレどうしたの?」

すると途端に表情が強張った勇君は、恐る恐るといった様子で三嶋さんの顔色を伺う。

「恵さんにお電話した際に興奮し過ぎまして。ついつい握り潰……落としてしまいました」

思い当たる会話。
勇君が落ち着いて!と言っていたのは、興奮のあまり握り潰すのを止めていたのだと納得する。
それにしても三嶋さんの手はどちらも無傷で、落としたという方を信じてしまいそうになる。
けれど恐らく言い直す前の握り潰したというのが本当なのだろう。
笑顔から感じられる黒いオーラには触れないでおこう。

夕食を終えた後で珍しく響いたインターホン。
三嶋さんが出たけれど、どんなお客さんか気になって覗き見をする。
瞬間、息を飲む。

キリッとしたその顔立ちは、垂れ目の自分と兄弟とはとても思えない。
背も見上げるほど大きく、大袈裟でも何でもなく本当に欠点の無い優しい、理想のお兄ちゃんだと思う。
かと思えば曲がった事が嫌いで、厳しい一面もある。
すましているだけで冷たく恐い印象を持たれるのは、その整った容姿と隙の無い空気のせいなのだろう。

前髪が右の額にさらりと影を作る。
目が合うと優しく微笑んで、名前を呼ぶ。

「恵。久し振りだね」

会えなくて寂しかったから手紙を書いたばかりだというのに。
実際会えると久し振り過ぎて恥ずかしくなる。
照れ臭い。けれど嬉しくて笑みが隠せない。

「いっちゃん…!」

駆け寄って広い胸に抱き着くと穏やかな声が笑う。

「いっちゃんと会えなくて……寂しかったから、手紙書いたのに」

三嶋さんの案だと言うと、それは言わないでおいた方がよかったのに、と三嶋さんに苦笑された。

「渡してもらう前に来ちゃった」

玄関先で抱き着いたまま拗ねる。

「来ない方がよかった?」
「違うよ!びっくりしただけで……手紙、後で貰って?」
「ああ。大切に読ませてもらう」


リビングのソファーに二人座っても、いっちゃんにべったりとくっついている。
広いリビングの隅には三嶋さんと勇君が立っている。

「今日は何時まで居られる?」

ジャケットをつまんで引っ張ると頭を撫でられる。

「恵が眠るまで居るよ」

あごに手を添えられたかと思うと、軽く音を立てて頬に触れ、離れる。
この微笑みも優しさも、自分だけが独占出来るのかもしれない。
そう思うと嬉しさが増す。

「今度はいつ来られる?」

困らせるのをわかって尋ねる。
だけど聞かずに居られるほど大人ではない。

「ハッキリいつとは言えないんだ。けど、そう遠くなく必ず来るから」
「本当に?」
「約束する」

にへぇっと間抜けに笑って腕に絡み付く。

「まるで愛人、ですね」

三嶋さんが小さく吹き出すのを見て横で焦る勇君。

「ちょっ、三嶋さん!」

家に来るのをひたすら待ち、仕事の邪魔になるのを気にして連絡をとらず。
挙げ句、今日は何時まで居られるか、次はいつ来られるかと甘える。
愛人と言われると反論出来ない事をしている気はする。

「愛人?失礼な。俺が愛してるのは恵一人だけだ」

鼻で笑ってさらりと言うそれが冗談なのかわかりにくくて笑えない。
三嶋さんも勇君もすました顔でそれに乗るから、結果的に黙認状態。

「恵は大事な弟だし、最愛の恋人でもある」

優しい仕草で指先に触れて撫でる大きな手。

「組の人間が聞いたら喜ぶセリフですね」
「素敵です!お似合いです!」

皆大真面目なのか、今更疑問を口に出来ずに困る。
自分はいっちゃんの恋人ではないよね?とか、決められた相手の人は愛してないの?とか。
けれど、後の質問は組に関係してくるから、どっちにしろ聞いても答えは返ってこないだろう。


眠るまで居ると言ってくれた通り、ベッドに座って話し相手をしてくれる。
これで目を閉じてしまえば、次に目覚めた時にはもう居ない。

「いっちゃん」

勿体無くて眠りたくない。
返事の代わりに、伸ばした手を包まれる。

「お願い。またすぐ来て」

少しの間の後、握られる手に力がこもった。

「来るよ。すぐ会いに来る。だから、もうお休み」

眠りに落ちる間際、額にキスが降った。

「お休み」

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