シリーズ・短篇 11 「ギルバート」 「もう名前も呼ぶな!」 どうして、もっと他のやり方でなかったのか。 いや、彼もまたそうするしかなかったのだろう。 僕を、人々に指を差される醜聞から切り放そうとしてくれていたのだ。 呆れた生活を送る売春婦の息子。 それを蔑んで、罵って、それでもお前はそんな位置に甘んじて居られるのか。 そんなものはさっさと捨てて、こちらへ来ればいい。 何故いつまでもそんなものを捨てたがらない。脱ぎたがらない。 恥を背負ったままで居るのか。 それは、我々を恨んでいるからか。 そんなに我々を憎んでいるのか。 そう、ギルバートもまた、クリスと同じように相手に憎まれていると思っていたのだ。 「ギルバート。ギルバート…!」 ギルバートは無言で立ち上がった。 せっかく彼の、兄としての愛に気付けたのに。 見向きもしてくれなかった父の関心を向けてくれようと、彼は自らの足で会いに来てくれていたのに。 「ギルバート!」 今ならきっと話せばわかる。 そんな気がしているのに。 「待って、ギルバート!」 彼は奥の彼の執務室へ戻って行ってしまった。 そして追おうとするクリスを電話が止めた。 相手はメロディだった。 タイミング、だ。 遂に来た。と、クリスは覚悟した。 笑って話せる状態ではないが、決めていたので、クリスはいつも通りの自分を心掛けて明るい声をつくった。 「もしもし?メロディ、久し振りだね。うん、わかってるよ。とても大切な存在ができたんだね、おめでとう」 笑顔が今にも崩れていきそうだ。 けれど最後まで耐えねばならない。 「最近はずっと君の恋の相談相手になっていたけれど、愛する彼に僕との事が知れて新しい生活が台無しになったらいけない」 そうね。と、メロディも頷いた。 彼女もそうするつもりだったのだろう。 「きっともう会えないね。さみしいけど、君の幸せを心から願ってる。さようなら。元気で。幸せにね、メロディ」 終わった。 擦れ違って、ギルバートの心が通り過ぎていくその時に。 メロディとの関係が卒業を迎えた。 電話の間、少しは時間を置いたし、今度は聞いてくれるかもしれないと執務室をノックしようと上げた手を再び電話が止めた。 クリスはそれを投げ捨てたくなって振り上げたが、そうするわけにはいかず電話に出た。 「やぁ、ユリ。久し振り。元気にしてたかな?」 こんな時に君まで……と思ったが、クリスはそれでも彼が幸せな報告をしてくれることを望んだ。 「いい報告をしてくれるんだろうね?どう?そう!やった、素晴らしいよ。遂に君はシンデレラの様に素敵な王子様を射止めて、ロマンスを手に入れたんだね」 顔をつくっていられなくて、ぎゅっと眉間にシワが寄る。 それでも声はつくり続けた。 「真面目で素直なのはいいところだけど、僕みたいな男につかまってたって彼に正直に白状しちゃわないように。君はシンデレラなんだから。大丈夫。自信を持って。男同士にだって、素敵な真実のロマンスはおとずれるよ」 そしてユリもまた、卒業していく。 「さようなら、ユリ。元気でね。彼と幸せにね」 電話を持つ手が震えていた。 一つ一つ剥ぎ取られて、虚しさを実感していく。 もうギルバートと話す気にはなれなくて、次のチャンスがあることを願った。 今度は理解しあえるように。 三度目の電話が鳴り、クリスはどきりと心臓が跳ねた。 クローディアまでが。 まさか。そんな。何故。 クリスは動揺しながら、ふらふらとソファーへ戻った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |