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シリーズ・短篇

家賃は要らん、受け取らんと言われたので、かわりに出来る事と考えてそれじゃあ家事をと申し出た。
が、家事代行サービスを頼んでるからそれも必要無いらしい。
週に数回来てくれるそうだが、それでもやれる事はやるつもりだ。
母子家庭だったから自然と手伝いながら覚えた家事は、母を思えば苦じゃなかった。
一人になってからもそれが役立ったし、今はもう育った環境を誇らしくさえ思う。

部屋を下見して思ったのは、自分の荷物なんてウォークインクローゼットに十分おさまってしまうという事だ。
それだけ大きな収納がある部屋は当然広くて、家具が届いてないというのもあるだろうが、荷物を運び入れてもがらんとしている。

「今日は俺のとこで寝ろ」
「はい」

藤堂さんは面白がってニヤニヤした。

「少しは何かされるとか考えないのか?」

“何かされる”って何を?ときょとんと考えて、もっと警戒しろって事かと思い至る。
言葉以上の意味を考えなかった。
恥ずかしくなってうつむいて固まると、それを見て吹き出す声がした。

「今日は俺の抱き枕になれ。安心しろ。言葉のまんまだ。それ以上の事は我慢してやる」

会話の上辺だけを見て、そこに含まれる意図や裏の意味など考えもしなかったのを、彼はどう思ったろう。
本当はその気だったのに、僕の受け答えにあまりに色気が無いから気が削がれたって事はないだろうか?
いまだ人の心を見ようとできない浅はかさを笑ったろうか。

指をとられ、引かれるまま。頑丈な腕にとらわれる。
肉体はそれだけで凶器に思えるが、彼の愛情のもとでは魅力的に映った。
控えめに触れてそっともたれる。
そうしているともっと可愛がってほしくなって、つい甘えて頬をすり寄せた。

「そんなに俺の体が好きか?」

一瞬、何を言われたかわからなくて、見上げた顔がニヤけているのを見てから初めて飲み込めた。
冗談とはいえ、たくましい体にうっとりしていたのは確かなので否定できない。
何か言うべきだろうが言葉が見つからないのを、藤堂さんは笑った。
それがどんな意味を持つのか考え始めると、大きな手で頭を撫でられてきゅんと胸が苦しくなる。
照れて目を伏せるが、黙るより喋るべきだと喜んでくれたのを思い出して顔を上げた。
衝動的に口を開けてから、どう言えばうまく伝わるか言葉を探す。

「ん?」

急かしながらも、悪戯に耳に触れて気をそらされる。
身をよじってやんわりと抵抗しても意味はなさない。

「僕は、藤堂さんが好きだから……。だから……」

口にするのがはしたない気がして躊躇う。
だから?と促す声に背中を押された。

「だから、藤堂さんの体も、当然好きです」

声を上げて笑いだした藤堂さんに誤解されたくなくて、慌てて弁明する。

「違います!体が好みだから好きになったんじゃないですよっ?藤堂さんだからですからね!?」

いやらしい意味で言ったんじゃない!と言うと思いきや、体目当てじゃなく貴方が好きだからだと訴えるのがずれていて藤堂は可笑しくなった。
けれどその真面目さが可愛い。
ただからかって、照れるのを見たかっただけなのに。

人を遠ざけて生きてきて、コミュニケーション能力が低い泉は、うぶで無垢だ。
無知は面倒だと思ってきた藤堂だったが、そんな泉を愛しく思っていた。

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あきゅろす。
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