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シリーズ・短篇

ひくひくとしゃくり上げ、子供のように泣いた。

「僕はもう、女将さんに会えない…!」

寄り掛かりながら、藤堂をなじる。

「あなたが悪いんだっ。あなたがこんなに掻き回して、僕を“こう”してしまったから…っ」

こんな事が無かったら女将さんに会わなかったんだろうが、傷付くことも無かった。

「せっかく静かに、平穏に生きてきたのに!あなたが無理矢理巻き込んだから!」

藤堂は黙って目を擦る腕を下ろさせようとしたが、僕はその手で藤堂の胸を叩いた。
それくらいでは何のダメージにもならないのはわかってるけど、八つ当たりをしたかったのだ。

「あなたが追い詰めるから、大学でも心配なんかされた…!」

何も知らず、傷付く心など無いままだったら、僕は寂しくつまらない、最低な人間のまま、死んだように生きられた。

「ずっと一人なら“こんな風”にはならなかったのに…!」

今までの分を取り戻すように。
やっと心を取り戻したように。
僕は声を上げてわあわあ泣いた。
散々泣いてぐしゃぐしゃになった無惨な顔を、ごつごつした大きな手が擦って拭う。
指の背や、手のひらで。

「それで?俺がお前を“どう”したって?」

静かに眺めながら、低い声がゆったりと問う。

「俺のせいで、お前が“どんな風”になったって?心の無いお前が」

無理矢理起こして、引っ張り出した。
強制的に関与して、僕を乱して振り回した。
知らないものを見せ、僕はやっと人間へ近づいたのだ。
そう、わかっている。
今なら以前までの自分が、虚ろな心で死んだように生きていたとわかる。
それを藤堂が知らしめてくれたのだと。
だから僕は、もっと泣けた。

「あなたのせいで…っ、僕は恐がらなきゃいけない…!あなたが僕を“こんな”にしなきゃ…っ」

幼い頃に遊んでくれた、大好きな人達の中に居たんだと知って動揺をおぼえた。

「だから“こんな”ってどんなだ」

心を乱され、僕のすべてを覆されて。
人らしい人に変えられて。
この変革がどんな実を生んだか。
言わせようとしてることはわかっている。
わかってるけど、僕は唇を噛んで抵抗の意思を示した。
すると藤堂はチッと舌打ちして、かと思ったらキスを仕掛けてきたので顔を背けた。

「僕はっ、人と関わらないようにばっかりしてきたから。人を好きになったりしない…っ」

藤堂はハッと馬鹿にしたように笑い飛ばした。

「けど、俺がお前をどうにかしてやったろ?心無い物から、人にしてやった」

あなたが引き出し、目覚めさせた。
答えをすぐ目の前にしてもなお、口を割らずに黙りこんでいると、ぐっとあごを掴んで顔を上げさせた。
無理矢理キスをされるのかと思ったが、そこには怒りの形相があった。

「お前。母親みたいに大事なこと黙りこんでるつもりじゃないだろうな」

母は僕に、自身の過去も僕の出生も教えてはくれなかった。
溜まった涙がぽろりと溢れて、頬を伝い藤堂の手に触れた。

「だって…っ」

涙が生まれて、流れていく。

「何だ」

藤堂はイライラと答えて急かした。

「だって…っ、僕はあなたのオモチャなんでしょ!?価値が無いって言った!」

えぐえぐと泣きじゃくりながら、初めて生まれた心を吐露する。

「それはお前が何も知らなかったからだろ!冷たい物だった時のことだ!大体オモチャって」
「僕はあなたに変えられて、初めて人を好きになるのに!あなたは飽きたら…っ、捨てるかもしれない…!」

オモチャは飽きたら忘れられるものだ。

「あなたが心をつくったのに、これであなたまで居なくなったら……。僕はどれだけつらい思いをすればいいの!?」

母を亡くしたのが、最初で最後の悲しみだと思ったのに。
これでもうつらい事は起こらないと思ったのに。

「あなたのせいだ!あなたが!僕をこんな風にしたから…!これからずっと、あなたを失う事に怯えなきゃいけなくなる…!」

キスで口を塞がれて、胸を叩いて暴れたが、ちっとも敵わない。
乱暴だったのが優しくなり、うっとりとそれに酔ってしまうと、苦しくて鼻から甘えた音が漏れる。
ちゅっと音を立てて離れる口を目で追ってしまった。

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あきゅろす。
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