シリーズ・短篇
2
心の底で望んでいるその救い。
けれど決定的なダメージに怖じ気付く情けなさ。
そんなフラストレーションを歌っている自分はどう見えているのだろう。
そしてあの人は、どう――。
夢を与える仕事。
本当に自分は夢を与えられているか。
「孤独を歌う」と言われて、それが誰かのためになっているのか。
誰かの力に、ほんの少しでもなれているのか。
生放送の歌番組は、沢山のファンが入ってのステージ。
男性も多く混じった歓声を聞くとふとよぎる不安。
『俺は貴方達に何か与えられては居ますか?』
全力で「孤独を歌う」
それくらいしか今の自分には出来なくて、心の中から泣き叫ぶ様に声を張り上げる。
目の奥が熱くなって、最後に震えた息がマイクに入る。
視界に入った歓声を上げるその中に涙している人を見つけた。
それも一人ではなく、そこでやっと気付けた。
俺の声を、言葉を聞いて受け止めてくれる人が居るのにそれを見失っていた。
今度は貴方達のために孤独を歌うのではなく、貴方達の大切さを歌いたい。
感謝の言葉と共に頭を下げると、自然と笑みが浮かんだ。
マネージャーが運転席に座る帰りの車の中で言葉を反芻していた。
よかったですね、と言った彼も同じく俺の言葉を解してくれているだろうか。
けれどこれ以上を求めるのは贅沢だと思う。
沢山の人が受け止めて、涙まで流してくれた。
こんなに心強く嬉しい事はない。
「今度のライブも楽しみですね、寛人さん」
気付いていたのだろうか。
何に悩んで、どう想いを処理したかを。
そう思うのは自分に変な期待があるからだ。
「ライブ好きだなぁ」
つい出てしまった独り言の様なそれを子供っぽいと思っただろうか。
二十六にもなる男に子供っぽいも何も無いかもしれないけれど、年齢を考えるとどうしても相手は大人だからという思いがよぎる。
「泣かれていた方も居ましたね。寛人さんの声が伝わったからですよ」
欲しい言葉をくれるなら、もっと。
欲張りになる自分を抑える。
「だからライブは好きだ。皆の気持ちも伝わるから」
素直に想いを返す事が出来る。
素直に感情を現す事が叶う。
「ライブほど私も愛して下さればいいのに」
無理な要求ですね、と苦笑した横顔を目を丸くして見つめる。
ライブと比べるなんて、どういうつもりで言ったのか。
そんな冗談、冗談にはならない。
「別に、向井さんの事は……好きだけど?」
好きなのだって冗談じゃない。
希望を持ってしまいそうになる。
それはきっと「孤独」への一歩。
「ならこのまま私の自宅へお連れしても?」
冗談に乗りきれない。
だって本気にしてしまう。
「あのさ、前から思ってるんだけど……真顔で冗談言うのやめてくんない?」
じわじわと恐怖を味わうなら、いっそはっきりしてしまえ。
これは「孤独」への第一歩。
「冗談だと思われてたんですか?本気なのに」
「ほら、それだよそれ。わかりづらいから笑えない」
まとう静かな空気がピリッと張り詰めたのを感じ目をやっても、表情は普段と変わらず感情を読み取れない。
せっかく盛り上げようと気を利かせて言ってくれていたのに、機嫌を損ねてしまったかもしれない。
自分で踏み出しておいてひどく恐くなる。
けれどこれを越えてしまえば、無駄な希望を抱かずにすむ。
路肩に突然止められた拍子に体が前のめりになり、反射的に横顔を見る。
これは向井さん個人の車で、今ここでおろされる可能性も無くない。
「まったく、不器用な子だ」
言葉を理解するより前に唇に冷たいものが触れていた。
わざとらしく、ちゅっ、と音を立てて離れた口は目の前に希望を用意する。
「こんなに人の心を掴むのはうまいのに、手に入れ方は下手くそだ」
車は再び走り出したのに、まだその人から目をそらせないで居た。
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