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シリーズ・短篇

少し待ってから、藤堂はじろりと睨んで「もういいだろ」と強引に話しはじめた。

「俺はあの料亭で、お前のお守りをしてやってた」

僕は昔から母にそっくりだったらしい。
やっぱり、母と似てると言われるのは今でも嬉しかった。

「お前が母親と急に消えた時、どうして居なくなったか聞いてまわった。それでお前の父親のことを知った」

緊張で苦しくなる。

「お前の父親は、あの料亭の旦那だ。お前の母親は、旦那と不倫してお前を生んだ」
「……うそ」

頭が理解するのを拒んでいる。

「俺の両親と、女将からもそう聞いた」

女将は知っていて、僕にお母さんと呼ばせていたのか。
旦那の浮気相手と、その間にできた子供を気にかけて、自宅でお守りまで引き受けていたのか。
そんな事できるはずがないのは僕にだってわかる。
事がバレたから料亭を辞めて消えた方が納得がいく。
しかしそれじゃあ、再会した時の僕達親子への当時と変わらない態度が引っ掛かる。

「母親はお前ができた時に女将に泣いて告白したそうだ。母親はお前をおろすつもりだったらしいが、女将が止めて、お前を生ませた」

だから母は、僕に何も教えなかったのだ。
罪を感じて、僕を殺すつもりだったから。

「女将には娘一人しかできなかったから、息子が欲しかったんだと。男なら跡取りにしてもいいし、反対があれば板前にしてもいい。女なら仲居にすればいい」

それは、誰が言ったんだ。
あの女将がそう考えていたのか。
それじゃあまるで、不倫の負い目で反抗できない言いなりの奴隷を手に入れたみたいじゃないか。
母はきっと、そんな生活に耐えきれず辞めたのかもしれない。
それなら母が死ぬまで連絡をとらなかったのも納得できる。

僕を泣いて受け入れてくれたのに。
あの時、女将は何を考えていたのだろう。
母親そっくりに育った僕が来たと知り、再び引き込もうと演じていたのか。
そう考えだすと、藤堂に襲われかけた時に一切手を出さなかったのが合点がいく。
唯一信じられる、頼れる人だと思ったのに、僕にはやはり何も無かったのだ。

「お前の母親もまた、親父が外でつくった子供だそうだ。だから自分の子供を同じ境遇にはさせたくないと思ったんだろうよ」

それなら、言ってくれればよかったのに。
僕は例え一度殺そうと思われても、その母の思いを責めはしない。
それが母の強さであり、優しさだと思うから。

「親父には見捨てられ、母方の家にも絶縁されて親子二人きりだったっていうから。だから最初はあの料亭で我慢したんだろうな」

母が生きている時に聞けていれば、もっと母を誇らしく思っただろう。
もっと母に感謝しただろう。

「旦那は、ずっとお前達を気にかけていたそうだ」

女将さんに内緒で母を捜して、養育費を受け取ってくれと何度か頼みに来たそうだが、母は決して受け取らなかったらしい。
それがとても母らしくて、誇らしかった。
そして僕も藤堂に同じような事をしていると気付き、その類似さえ嬉しく感じた。
それが救いだった。

「旦那が死ぬ前に、うちの親父に打ち明けて頼んだそうだ」

スーツの内ポケットから出てきたのは通帳だった。

「これはお前のものだ。あそこはかなり儲かってるな。こっそり貯めた割には結構入ってるぞ」

母が受け取らなかったものを、僕が受け取ると思うのだろうか。
直接預かった藤堂の父なら事実を隠して、父の遺産だとか言ってうまくやったのかもしれない。
一度は放棄するか考えるだろうが、そこまで父親に対する関心は無かったので、事実を知らなければ貰っといてもいいかと思ったかもしれない。
一人で生きていくのだし。
あって困るものじゃない。
それにどんな無責任な父親でも、それくらいの責任はとってもいいだろうと考えただろう。
僕が何も知らなければ。

「要らないって言うなよ。意地を張らずに貰えるもんは貰っとけ。女将に復讐するつもりでな」

ハッとして顔を上げる。
目を合わせると、藤堂は僕を見透かしているんじゃないかと思う。
僕が女将さんに、裏切られたと感じた事を。
色々な感情が渦巻いて、涙が溢れた。

「それに、お前はもう俺のものだ。お前のことは俺が決める」

ガラステーブルにぴしゃんと通帳をぞんざいに投げ、藤堂は隣へ寄って肩を抱き寄せた。

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