シリーズ・短篇
6
打ちのめされて、涙が流れるばかりで、体に力が入らない。
唇は震え、声も出せない。
畳と背の間に腕を差し入れて上体を起こすと、藤堂は赤ん坊を扱うように後頭部を支えた。
軽々と抱え上げて立ち上がると、落ちないように上体をその分厚い胸に寄り掛からせた。
そして、肩にころんと乗った頭に頬をすり寄せた。
丈夫な腕に抱えられてるとはいえ、バランス的に少しでも動いて重心が外側へ傾くと落ちてしまいそうだ。
せめて落とされないように掴まるなりできればいいが、ショックでちっとも動けなかった。
呆然とする僕を抱えて車へ運ぶと、藤堂は後部座席で横に置いて、寄り掛かるように抱き寄せた。
マンションの駐車場につくと、ぴたぴたと頬を叩かれた。
「おい、歩けるか」
口を開けたが、頭が真っ白で言葉がでてこなかった。
すると藤堂は諦めて再び僕を抱え上げると、最上階の部屋まで運んだ。
リビングはとても広く、吹き抜けになっていて、階段の上にも扉がいくつもある。
最上階の二階分が丸々自宅なんじゃないかと思う。
ソファーへごろんと放されて、藤堂がそばを離れている内に自分に起きた事を思い返すが、整理がつかない。
気付いたらぐすぐすと泣いていた。
「飲め」
涙を拭って見ると、ガラステーブルにミネラルウォーターのペットボトルが置かれていた。
「慣れろ。嫌がっても放してやれんからな」
上体を起こしてきちんと座り、水を飲もうとするが、手に力が入らなくて開けられなかった。
見かねた藤堂が黙ってそれを取り上げ、ふたを開けて寄越した。
一口ずつゆっくり流し込んで、息を吐く。
「僕は、あなたと、あそこで会ってたんですか……?」
「どこまで聞いた。親のことは?」
こちらの質問には答えず、質問で返されてしまった。
反抗する気力は無いので、素直に返事をする。
「いえ。……あなたのことだけ」
「まだあの女将を母と呼んでるのか?実の親のこともろくに知らないくせに」
知ろうともしていない。
人をあしらい、無視し続け、挙げ句親まで無視しようとしている。
なるほど。
それが人と言えるだろうか。
「あそこを訪ねた時……。女将さんに、僕が母に似て遠慮したから来なかったんでしょって言われました」
藤堂は相槌もせず、黙って耳を傾けた。
「僕は、母は他人を必要無いと思ってるから切り捨ててるんだと思ってた。一人でも生きていける、強くて格好いい人だと」
だから憧れていた。
母は女将さんを信頼していたから、僕も好きになったのだ。
「あなたに心が無いって言われて、僕は生き方を否定されました。憧れも、誇りも。……その通りだと思います。僕は自分が、最低だと思う」
心が無い。
人を人とも思わない。
「それでも僕は逃げようとして、逃げ道を探したけど……。女将さんしか無くて。僕には、他に何も無かった」
計算なんてしてなかった。
僕は、遊んでくれる皆が大好きだった。
「あなたに物のように扱われても当然だと思います」
「その割に嫌だ嫌だと抵抗したな」
それは恐ろしかったから、本能的な反応だと思ってもらうしかない。
「ずいぶん放心してるから、壊したかと思ったぞ」
思い出したらまた恐くなった。
「嫌だって言えば引いてくれるから、強引に迫られたこと無いし。あんな、乱暴なことも……。だから……」
とてもショックな出来事なのに、藤堂は鼻で笑った。
「お前の周りの奴は余程お上品なんだな。あれがそんなに恐かったか。脱がしてもない、キスしてもいない。ひとつも手を出してないのに」
藤堂は自分がどれだけ恐ろしい姿をしてるかわかってないのだ。
その肉体が既に武器なのに、あんな激しい怒気を全身から放っていれば身動きもとれない。
「それで。聞く気になったか、親のこと」
心が無いと言われ、僕は最低だと思い知ったから、この際聞いたっていいかと思ってしまう。
本当の母はどうだったのか、聞いてみたい気持ちがある。
「あなたが、聞くべきだって言うのなら」
すべて否定してぶち壊して、無理矢理巻き込んだのはこの人だ。
最初からこの人の前では動揺して、心を掻き回されて、調子を狂わされていた。
僕の秩序を壊したのだから、責任を持って指揮してほしい。
今の僕には、判断できない。
「そうか。じゃあ、いいな?」
「あ〜…っ、ちょっと待って。ドキドキしてきた」
藤堂は呆れた声を出した。
「お前は俺を待たせるのが好きだな。さっさと諦めろ」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!