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シリーズ・短篇

最初から思ってはいた。

息子にも父のことを明かさなかったぐらいだから、他人に教えるはずがない。
母はそんな人だ。
父を知る人物が自分のもとに辿り着いた時点で、調べ尽くされているだろうと思っていた。
何処にも逃げ場が無いことは、とうに知られているのだ。
頼れる人など何処にも居ない。


料亭なんて、母が働いてなかったら縁が無かった。
考えて、思いついたのはここだけだった。

幼稚園までは出入りしてたが、母が辞めて引っ越してしまったので、それ以来だ。
今更どんな顔をして会えばいいのか。
知った事かと追い返されてもおかしくない。
そんな面倒に巻き込むな、と。
怪訝な顔で、突き放されるのだろう。
何故なら、立場が逆なら僕はそうするからだ。
僕みたいな自分勝手で利己的な人間が、困った時だけ都合よく頼って助けられていいわけがない。
それは不公平だと僕も思う。
けれど、恐怖心には勝てない。
反射で、勝手に逃げるようになっているのだ。

捕まったら、どうなるかわからない。
人を使ってさらわせようとする男だ。
友人の弁護士でさえ、少しなだめた程度でやめろとまでは言えなかったじゃないか。
それだけ凶暴で、大きな力を持っているのだろう。

手の震えに気付いたら、体の震えにまで気付き、呼吸が震えていると知る。
僕は追い詰められている。
じゃなかったらここへは来てない。

歩を進め、引き戸を開ける。

「いらっしゃいませ」
「お母さ……女将さんは居ますか?」

仲居さんから一瞬表情が消え、すぐに営業用に戻った。
突然様子のおかしな男が訪ねてきたのに、仲居さんは訳も聞かず呼んできてくれると言って引っ込んだ。
あやしいからこそ女将に対処してもらおうと思ったのかもしれないし、それか警察に通報しに言ったのかもしれない。
その時は素直に警察に相談しよう。
最後には捕まるだけだとしても。

待っていた人が現れた途端、一気に視界が滲んで揺らいだ。

「まぁ…!泉ちゃん!?」

覚えていてくれた。
それがとても安心した。

「お母さん…っ」

そう呼んでいいのよと、女将さんは言った。
もう一人のお母さんと思ってね、と。
だから僕はここへ来れたのだと思う。

「大きくなったのねぇ。いくつになったの?本当にお母さんそっくりになって…!雪乃ちゃんはどうしてる?元気なの?」

母はここを辞めてから、本当に連絡をとらなかったのだとわかった。

「十九になりました。母は……二年前に、亡くなりました」

女将さんは言葉をなくし、そして涙ぐんだ。
お世話になった人に連絡もとらなかったのに、こうして悲しみ泣いてくれる。
僕は一体人の、何を見てきたのだろう。
あの男の言う通り、何も見ていなかったのだ。

「今までどうしてたの。だって雪乃ちゃん頼れる親戚ないでしょ!亡くなってから二年も一人だったの!?」

涙を拭いながら、女将さんは鼻声でそう言ってくれた。
だから今の僕には、女将さんの“一人”という言葉が深くへ響いた。
頷くと涙が溢れて、女将さんも泣いた。

「何ですぐ来なかったの!アンタどうせ、雪乃ちゃんに変なとこ似て遠慮したんでしょ!」

僕のことを、そして母のことを知ってもらえてるのが嬉しかった。

「私はアンタの、もう一人のお母さんでしょ!」

バカねぇ。と、女将さんは肩を叩いた。
もっと早く気付けばよかった。
もっと早く。母が逝ってしまう前に。

「それで?よっぽど何かあったんでしょ?」

その温かく頼もしい人に、僕は甘えずにいられなかった。

「もう、ここしかなくて…っ」

他はすべて要らないと突き放して、無価値だとばかりに無視してきてしまったから。

「どうしたらいいかわからない…!」

何処にも隠れる場所が無い。
僕は草木も無い平原に無防備に立ち尽くし、獣に捕まるのを待ってる。
来た道をひたすら辿って、何か無いかとさがして。やっとここを見つけたのだ。

「よく来たね。もう大丈夫だよ」

人のありがたさを知るほどに、己の愚かさを知っていく。

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