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シリーズ・短篇

父親について話したいから会ってほしいという手紙からそれは始まった。
送り主の名は知らなかった。

母が亡くなって一人になってからも、父を捜して頼ろうと思った事は無い。
母が死んでも言いたくなかった事を、それに反してまで知りたいとも思えなかった。
だから僕は、その手紙を何度か無視した。
三通くらい無視した後で、差出人が家に直接やって来た。
その人は弁護士だそうで、父を知る人の友人だという。
僕は、ろくに話を聞かずに知りたくないと拒否した。

また来ると言った通り、その人は再び訪れた。
感情的な事は抜きにして聞くだけ聞いてほしいと言われたが、僕は父を恨んでいないし、ちっとも感情的になどなっていない。
ずっと無関心だった。

「ですから、関係無いと言ってるんです。そちらにどんな事情があるか知りませんけど、僕は父が居ないものと思ってきましたから。興味も必要性も感じません」

構わないで。
そっとしておいてほしかった。

「それならせめて、お父様から預かっている物を受け取ってもらえませんか」
「要りません。僕の生活を掻き回さないでください」

二度拒否して、三度目になると、彼は大学まで押し掛けた。
迷惑だとうんざりしてるのはこちらなのに、彼もまた友人に何度も遣わされて疲れているようだった。
挙げ句、こうなったら友人がどんな手に出るかわからないと脅してきた。
弁護士がそんな事を言っていいのかと責めると、これは友人としての貴方への助言だと言った。

藤堂という男は、一度火がつくと手がつけられない。
暴走したら誰にも止められない、と。

僕はその時、そのありがたい助言を信じずに、脅しだと受け取ってしまった。


手紙も弁護士も来なくなり、再び日常が訪れた。
けれどそれはやって来たのだ。
強引に、すべてを巻き込む嵐の様に。

病弱な振りができるくらい、僕は細くて色も白かった。
身長は百七十くらいまで伸びたが、体つきは相変わらず細くて薄い。
そんな僕の眼前に、見上げるほど大きな男が立ちはだかった。
一瞬で、本能が敵わないと悟った。
口をぽかんと開けて、間抜けに見上げるしかなかった。

男はただ縦に大きいだけじゃなく、熊の様にガッチリとした体格をしていた。
服の上からでもぼこぼこと巨大な筋肉が覆っているとわかるほど。
首や肩のあたりの筋肉が太く盛り上がっていて、プロレスラーと言われても頷ける。
あごの骨が発達して頑丈そうで、自分とは骨格からして違うのだとよくわかる。

僕は、肉食の恐ろしい獣に睨まれた獲物だった。
あの弁護士が手をつけられないと言った意味が、ここでようやく理解できた。
この鋭い目で睨まれたら、歯向かう気など到底起きない。
いきなり張り倒されるのではと怯えるほど、男は全身から強烈な威圧感を放っていた。
自然と拳を握り締め、心臓をかばうように胸に当てていた。
僕は恐ろしくて、声も出せなかった。

「何故来ない。何度も呼んでいたのに」

そんなの、行く必要が無いと思ったからだ。
自分が呼んだのだから来て当然という傲慢な態度に不満はあったが、恐ろしくて言い返すことなどできなかった。

「物も要らん、話も聞きたくない。だから会いたくもない、か?」

そうだ。だから帰ってくれ、と。
いつもなら言ってやれたのに。
こちらが我儘を言ってごねているような言い方をされて、ムッとしても言えない。

「次は必ず来い。いいな」
「でも…!」

断ろうとしたのに、ひと睨みで黙らされた。

「来なければさらいに行く」

そんな事許されるはずがない。
できない。
そう思うのに、あの弁護士の言葉が頭を離れなかった。

どうせ家の前まで来たなら物だけ渡せばいいのに。と思ったが、こちらにしてみれば都合がいい。
無理に渡されても困る。
だから僕は、約束の日が来ても男の家に行かなかった。
男は乗り込んでくる事も無かったので、やはり弁護士のあれは脅しだったのだと思った。
が。大学の前に居たのだ。
ただし、あの恐ろしい男ではなく弁護士の方だったのでホッとした。
僕はまた「話を聞くつもりもないし物を受け取るつもりもない。だから家へは行かない」と同じ事を説明した。

家へ帰ると、見知らぬ男が部屋の前でうろうろしていた。
あの藤堂とかいう傲慢な男が本当にさらうつもりなのだと恐くなった。
電気のメーターを見て不在だと判断したようで、男は車に戻っていった。
結局車がずっと張りついていたので、僕はいつ居なくなるかと朝まで隠れて窺っていた。

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