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シリーズ・短篇

頼れる人など居ないと思った。
唯一の肉親だった母が亡くなってから、もうこの世には誰も頼れる人がいなくなったのだと思っていた。

覚えている限り、二年前、僕が十七の時に亡くなるまで、母はずっと一人だった。
父のことを聞くと黙ってしまったから、その内諦めてただ“居ない”のだという事で納得した。
真実を書いた手紙や日記なども無く、とうとう謎のままだ。

母の妹が訪ねてきた事もあったが、金の無心でしか来なかったので、何度目かで母はもう来ないでくれと言って縁を切った。
金は返さなくていいから、と。
そんなに余裕があった訳でもないのに。
その時に母とその人が半分しか血が繋がっていないと漏らしただけで、母はそれ以上自分のことを語ることなく逝った。

「寂しいでしょう」と言われて、それが天涯孤独でという意味でならそうでもない。
母が人と深く関わらず、距離を置いて付き合う人だったというのもあって、そういうやり方が身に付いたのだと思う。
寂しさというなら、母が亡くなってしまった事に対するものしかない。

日常はとても静かで、抑揚も無く、それなりに過ぎていく。
まるで何かを待っていたかのように。
時が来るまで。僕はずっと生きながら、死んでいたのかもしれない。


大学に行けたのは、母が遺してくれたお金のお蔭だった。
余裕のない暮らしの中でも、貯金をしてくれていたのだ。

人と深く関わらないように、気を許さずにやり過ごしてきた。
元からおとなしい、静かな子供だと言われたから、内気な振りをすれば接触を避けられた。
お喋りでないのも、母が口数が多い人ではなかったからだろう。

女手ひとつで育てられたからなのか。その母に元々気質が似ていたからなのか。
それともそんな母が好きだったからなのか。
もしかしたら複合的な理由かもしれないが、僕は母にそっくりだった。
そしてそれがとても誇らしかった。

見た目も母に似て体が小さく、細くて、色が白いのも、病弱な振りをして人から逃げるのに役立った。
本当は健康だし、見た目と同じくやり方が男らしくないのが嫌なこともあったが、そうする事で母のようになれると思ったから構わなかった。
女になりたいという意味ではない。
僕には母がとても強く、凜とした格好いい人に見えていた。
一人でも生きていけると、他人を蹴散らして。
僕もそうありたいと、その生き方に憧れたのだ。

“おしとやか”と言われたら、他の男なら首を傾げるだろう。
反発をおぼえたり、嫌悪するかもしれない。
けれど僕には誉め言葉であったし、うまくやれている証拠であったので、何ら抵抗は無かった。
女性に例えられて、そのように扱われても。
だから男に言い寄られてもそこまでの嫌悪や動揺は無く、タイプじゃないとかその気はないとか適当に言って逃げた。
そもそも人なんてどうでもいいのだ。
ゲイと思われたって、面倒な説明をして断るより楽だという方が僕には大事だ。
女の子から逃げる時もその言い訳を使うと一発だから便利で、わざと否定しないというのも大いにある。


「何かあったんですか?」
「え?」

声を掛けられて、こんなに不安になった事があっただろうか。
心配する顔が戸惑うのを見て、自分の感情がまんま顔に出ていたのだと気付く。
いけない!と咄嗟に隠そうと試みて、それすら動揺としてさらしてしまっている。
別に。と顔を背けるのでやっとだ。

「そうですか。ずっと溜息ついてたんで、珍しいと思って……」
「溜息……?」

気付かなかった。
無意識に不安が漏れていたなんて。
それだけ追い詰められているという事か。
そんな自分が嫌になる。
こんなんじゃなかったのに。

憂鬱になって、目を伏せる。
そして自分が溜息をついていると気付いた。

「あ……」

危険だ。

「本当に大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」

本当にありがたいと気持ちを込めて言ったのは、弱っている証拠だ。
人を撥ね付ける気力も無い。

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あきゅろす。
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