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シリーズ・短篇

音楽で食える様になるという事は中学からの目標だった。
最初はそんな夢物語に誰も真面目に口を出す奴なんて居なくて、高校になるとさすがに教師は目を覚ますよううるさく言った。
力士になれるのは一握りで、その中でも横綱になれるのはほんの僅かな数なのだと。
何の例え話だとイラついた。

今に見てろよ、という気持ちはあったけれどむしろ、ひどく孤独感を覚えた。
夢を共にする友人でさえ、好意を抱いてくれる人でさえ、心の底で本当はそれが本気だとは思ってはいなかった。

今の事務所のヴォーカルオーディションに受かったのは高校の時で、卒業と同時に本名でデビューした。


艶のある黒髪は少し長めで、前髪は目を隠してしまっている。
それを左右に流すと耳にかかるくらいで、あまり感情が現れる事の無い表情は大概冷めた瞳を持っている。

茶色がかった髪の長身の男は彼のマネージャーで、四角に近いカーブの眼鏡をかけている。
担当する春日寛人[カスガヒロト]に比べれば平凡と言える容姿ではあるが、それでも一般的には整っている方だ。
常にスーツ姿のマネージャー、向井透[ムカイトオル]の本来の性格は、寛人に負けず劣らずのクールなものだった。


「寛人さん、少しお休みになられますか?」

マネージャーというよりはどこかのお偉いさんの秘書の様な、決して慌てたりしないきちっとした人物だ。

朝からライブのリハーサルや取材を数本こなし、今は歌番組のために局へ移動する車中。

「何か食べたい」

昼食の時間はもうとっくに過ぎていて、朝食べてからまだ口にしていない。

「コンビニで色々買ってありますので、よければ」

大きな袋いっぱいにサンドイッチやおにぎり、飲み物が入っている。
そこからお茶とサンドイッチを取り口に運んでいると、抑揚の無い声が名前を呼ぶ。

「ソースがついてますよ。ほら、パンくずをこぼしてます」

口の端についたえびカツサンドのソースをハンカチで拭い、こぼしたパンくずをはらうのを黙って眺める。

「だらしない子だ」

僅かに落ちた囁く様なトーンは笑みを含んでいる。
どくん、と心臓が跳ね、思わずワゴンの運転手に届いたりしなかったかとハッとして視線を走らせた。
けれど意地悪くくすりと笑い責める様に続ける。

「ピアノもギターも、何でもこなせる器用な指なのに」

バックミラーを覗けば何かを勘繰られてしまうのでは、と心拍数が上昇する。
謝ってしまえば許される。
そうすれば感付かれる事も無いと口を開いたその時、冷たい唇が触れたかと思うとすぐに離れていった。

「孤独を歌う唇」

一言呟くと、何も起こらなかったかの様にすました顔に戻る。

「孤独を歌う」と言われている。
たまに誰かを責めたくもなるけれど、本当はただ恐いだけだ。
傷付くのはもう嫌で、だれかに「一緒に居てほしい」と言う気力なんてとうに残っていない。
俺にとって身を守る精一杯の方法は独りで居る事だったのに、それをあっさりとこの人は揺るがしていく。

どうして希望なんか持たせる。
もしかしてこの人なら自分を理解してくれるんじゃないかって、そんな期待をしてしまう。
だけど確証は無くて、どうしてキスをするんだ?とも、どうしてそんな顔を見せる?とも聞けない。
そんな事を聞いてもし「からかっただけだ」と笑われたら……?
相手は八つ上の大人で、本当にそんな趣味があったのかだとか、本気になったのかと突き放されたら今度こそ立ち上がれそうにはない。

確証が欲しい。
絶対の確証が。
心の奥まで、隅々まで理解してほしい。
二度と裏切らない理解で、一番に考えて離さないでほしい。

そんな欲求を伝えるだけの勇気を得られる確証が欲しい。

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