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シリーズ・短篇
11
滂沱の涙を流しながら、陽はその腕にすっぽりと包まれていた。
ソファーの背に寄りかかる男の胸にもたれ、愛しげに頬を擦り寄せて媚びる。

「ミナミさん」

静かに呼ばれただけでどきりと心臓が跳ね、ぎゅっと体が強張ってしまう。

「俺のこと、好き?」

どうしても、背中で意識してしまう。
朝霞がソレに手をのばしたら、振り下ろされるのもわからない。
精神が今に弾けて壊れてしまいそうな状況に置かれ、本能が生存と防衛を選んだ。

「……好き」

偽物でもいい。
甘い感情を胸に広げて、麻痺してしまいたかった。

「朝霞……好き……」

そろりと上目遣いで窺うと、変わらぬ笑顔が浮かんでいた。
この笑みの裏で、彼は何を考えているのだろう。
また疑われ、嘘だと思われてしまったら……。
想像してふるりと震え、甘い薬でそれをごまかす。

「ね……いい……?」

あごを上げ、唇を彼の口元へ寄せる。
顔をそむけ、与えるか与えまいか迷う素振りも、焦らしているだけだと思えばいい。

「お願い……」

お願いだから、殺すのが惜しいと思ってほしい。
ね?と甘えて、意外と厚い胸板を撫でる。

「おあずけ……?」

恐かった。
この恐怖に耐えられなくて、何か答えてほしかった。
だから浅ましく、媚びて、生存の保証をねだる。

「我慢、したらくれる?」

滑稽でも構わない。
命に執着する事が、今は何も恥ずかしいとは思わなかった。

「ねぇ……」

取り乱してしまいそうな精神を抑え込む、甘い薬を飲み下す。

「お願い。我慢できない。朝霞、キスして……?」

朝霞の手が髪を撫で、額を撫で、頬を撫でる。
朝霞に可愛がられているのだとわかれば、ホッとした。

「可愛い顔をしますね」

抱き締められ、保証が与えられると、また不意に恐怖がよぎってしまう。
口づけられながら、背中をぶすりと刺されたら……。
そう思ってしまうと恐くて、ごまかす為にまた甘い薬に頼った。

「もっと……」

もっと可愛がられたい。

「朝霞、もっと…っ」

もっと必要とされなければ。

「好き……。好きなんだ」

好きなんだから、これが幸せだと思えばいい。

「朝霞は?好き?」
「さぁ。どうでしょう」

くすりと笑う朝霞に言葉をねだろうとして、思い出す。

「ごめ…っ」

思い出したら朝霞の機嫌を損ねたんじゃ?と恐くなって、落ち着いた涙腺がまた刺激された。

「何?何で謝るんです?」

涙を拭う指先が優しい事に、安堵する。

「だって、朝霞は最初からそう言ってた。なのに…っ」

また考えずに聞いてしまって、何度も言わせるなと怒られると思ったのだ。
けれど朝霞はハッとして陽を見つめ返した後、ふわりと微笑みを浮かべた。

「いい子だ。よく学習しましたね?偉いですよ」

嬉しかった。
朝霞の意に敵う事が出来て。応えられて、嬉しかった。
朝霞に褒められて、撫でられて、抱き締められる事も。
だからホッとして、また違うものをねだった。

「朝霞の、思う通りを俺に教えて……?もっと朝霞の理想通りになりたい。もっと、朝霞に喜んでもらえるように……。だから……」

けれど、朝霞はそこまで甘えるなと言うだろうか?
すべてを口には出さず、一人で苦しんで考えて学ぶ様を見るのが楽しいんじゃないだろうか?
そう思い至り、一度褒めたからって図々しくせがんだと思われるのを恐れた。
が。
朝霞は機嫌を損ねるどころか、再び口づけを与えて陽を褒めた。

「いいですよ。貴方がしつけてほしいと言うなんてね……。それも学習の成果だ」

学習の成果。
その言葉の持つ意味に、ゾッとするのを無視できなかった。
悔い改めた振りをして束縛と脅迫をやめていたのは何だったのか。
油断させておいて、恐怖で一気に屈服させるつもりだったのか?
それともちゃんと悔い改めてはいて、“普通”に努力しようとしていた事がストレスになって爆発したのかもしれない。
でも、朝霞を拒絶した陽にお仕置きし、学習させようと思いついたんだったら?
朝霞を疑い恐怖する推測は否定したかったが、包丁がちらついてごまかしきれなかった。
これが、再び受け入れてもらう為の朝霞なりの努力だっていうのか?

なるほど。
そうならば、朝霞は本当に異常者だ。
けれどそれも今更だ。
真実がどうであれ、もう既に朝霞の望みは叶っているんだから。

「俺は朝霞のものだから。朝霞が気に入るようになりたい」

逃げられないという事も。
服従が安全だという事も。
今度こそちゃんと学習したのだから。

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