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シリーズ・短篇

恐怖ではなく悲しくて陽が泣き出すと、朝霞は顔を覆った陽を放って離れた。

手に入った達成感と満足感を得られたら飽きるのか、それとも従順な態度になってしまったのがいたぶり甲斐がなくて興が醒めるのか。
または陽が好きになったところを手酷く振るのが目的だったのか。

わからないけれど、今はただ傷付いて、悲しくて、泣き伏すしかなかった。

泣き続ける陽の頬に冷たいものが触れ、陽はひっと小さく悲鳴を上げた。

「ん。水」

朝霞は自分でもペットボトルを持ち、陽にもミネラルウォーターのボトルを差し出している。
この水に毒が入っていても、それが朝霞の与える罰なら仕方ない。
許される為にそれが必要なら、許されたいと陽は思った。

「目から随分出たでしょ、水」

陽は素直にそれを受け取って、存分にのどを潤した。

「知ってます?俺ね、貴方をいじめて遊ぶ時は、必ず週末にしてるんですよ」
「……へ?」

そういえば今日も……。

「翌日が休みの時にしてるんです。気付いてました?……ませんね」
「ん」

こくりと頷くと、朝霞はにこりと笑って頭を撫でた。

「貴方はまた反抗して怒鳴ったりするか、ぼろぼろと泣くかするでしょうから。仕事に影響しないように考えてるんですよ。優しいでしょう?」

それが優しいと言うかはわからないが、朝霞の遊びと称する愛情表現……もしくは愛情確認のような作業にも、それなりに気遣いがあるんだという事はわかった。
けれど問題は、これが本当に朝霞にとっての愛情表現なのかという点だ。
好きだから付き合うべきなのだろうが、ムチばかりでは精神的にもたない。

「これは……罰なの……?それとも……朝霞の……愛情、なの……?」

朝霞は怯える陽のあごを捕え、冷たく言い放った。

「くどい。何度言ったらわかるんでしょうね。『俺は最初から貴方が好きだって言ってるでしょう?』ね?」

陽が目を伏せると、濡れた睫毛が震えていた。

「朝霞がそれを求めるなら、我慢する。恐くても、ツラくても、それが必要だって言うなら俺は……」

おずおずと、弱々しい視線が朝霞を見上げる。

「でもそれは、虐げられるのが好きだからじゃない。朝霞が好きだからだってわかって?」
「ふーん……」

わかってくれたのかくれてないのか、朝霞は曖昧に声を漏らすだけだ。
それも朝霞の手なのだろうか。

「くれ、ないの……?」
「は?」

欲しいって言えって言ったのに。
これが愛のムチだったのなら。

「ムチを我慢したら、アメを。くれないの?」

怯えた視線が揺らぐ。

「俺だって欲しい。朝霞の愛情を確認したい。それとも……俺は欲しがっちゃダメなの?」

朝霞の支配欲を満足させるためって言うなら、くれる時だってねだられた時ではなく、朝霞が選んだ好きな時に与えるのだろう。

「そうですね……。まぁ、今日はおねだりが合格したって事にしておきましょう。サービスですよ。“よく出来ました、合格です”」

冷たい仕打ちとは裏腹に、甘く、長い口づけが与えられる。
ちゅっと音を立てて離れると、名残惜しそうに陽の目が朝霞の唇を追う。
朝霞はそれにクスッと笑っただけで、知らない振りで話を変えた。

「ストーカーも気に食わないですが、須崎さんって人も俺は気に食わないんですよねぇ。別に貴方を狙ってるとは思いませんけど、家族みたいな感覚って何です?あと、高見って上司もですか」

やっと甘いアメにありついたかと思えば、再びムチが振り下ろされるのかと、陽は絶望した。

「ちがっ、違う…!二人には何もしないでっ?本当に、二人にはお世話になったんだ。朝霞との関係を言ってほしくないんだったら言わないから…!」
「いいですよ。わかってます。本当の家族とはうまくいってないんでしょう?そこまでは責めませんよ」

ホッとしながらも、陽はまだ朝霞がその罰を与えるんじゃないかと不安だった。

「だけどこれからは、俺が居ますよね?貴方を支えるのは俺が一番でしょ?」
「二人も大事なんだ。二人にはすごく感謝してる。だから捨てろなんて言わないで?頼む…!二人は」
「俺が、一番!でしょ?」

ぎりっと、あごを掴む手に力がこもる。

「そう……一番。朝霞が一番。だから……」
「そう言えばいいんですよ。責めないって言ったでしょ」

付き合いきれないかもしれない。
これじゃあまりにツラすぎる。

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