シリーズ・短篇 6 朝霞は驚いて思わず体を引こうとしたが、陽がそれを許してくれなかった。 「ミナミさん?……ミナミさん、本当、どうしたんですか?」 距離を置いたのがこんなに効果をもたらしたとは思えない。 一体何があったのかと朝霞は首を傾げ、泣きじゃくる陽の背を優しく撫でてやった。 「たすけて」 「うん、助けますから。だから、話してください」 追い詰めすぎて壊してしまったんなら、どんな形であれ責任はとるつもりだ。 「おねがい……おねがい……。おねがいだから…っ、おこらないで……?」 「わかりました。怒りませんよ」 今は我を通す気になれなかった。 彼があまりに切実に、泣いてすがってくるから。 恐がらせないように、と考えていた。 「怒りませんから。安心してください。貴方を助けますから」 背中を撫でてそう言い聞かせ、少し落ち着いてくると、シャツをがっちり掴んだまま体を起こした。 「こないだのは……本当にバカだった。だから怒られて当然だった」 「いえ、まぁあれは……」 「怒ってた?あれから、ずっと俺のこと怒ってたんだろ」 急にどうしたんだろう?といぶかしみつつ、朝霞は正直に言った。 「まぁ少しは。あ、でも!俺は貴方を泣かせるのが楽しみでもありますから、半分は楽しかったですよ」 びくりと怯えたかと思うと、陽はまた涙を流した。 フォローのつもりで言ったのが、フォローになってなかったようだ。 「いやっ、あのですね。俺は、貴方にちょっと気持ちの整理をしてもらおうと思って。だから一切貴方の周りをうろついてませんし、色々調べたりもしなかっ…………え?」 濡れた目をぱちくりすると、涙のしずくが溢れて落ちた。 「……本当、に?」 「ええ」 「一度も?誰かにやらせたりも?俺を怒ってない?何も仕掛けたりしてない?」 「何です……?それ」 朝霞の顔が強張り、陽はまたびくりと怯えて咄嗟に謝って怒らないでと頼んだ。 「怒りません。怒りませんから。何があったんです?俺が居ない間に、一体誰に何をされた」 つい怒りが言葉に滲み、また陽を怯えさせた。 「歯ブラシ、盗られて……」 「はぁあ?あぁ、すいません。続けて。貴方に怒ってるわけじゃありませんから」 びくびく怯える陽の肩を抱き寄せて、朝霞はその背中をぽんぽんと叩いた。 「ずっと、帰り道とか後をつけられてて……。今日は追いかけられた」 だから泣いていたのかと納得した朝霞は、生まれた疑問を口にする。 「それを、俺の仕業だと思ったんですか?誰か人にやらせたと?」 恐怖に耐えぐっと唇を噛むその顔を見て、舌打ちが出る。 「だって…!だって、前も櫛が無くなったしっ。合鍵を盗ったし……。またそうかと思って」 「前も!?俺は盗んでないって言ったでしょう。合鍵だって俺用に作ってから返したじゃないですか」 陽はハッと息を飲み、シャツを掴む手が震える。 「……無いんですか?合鍵」 ひくん、としゃくりあげ、涙が滲む。 「いい根性だ。俺が居ながらあれこれ盗んで、ミナミさんを恐がらせるなんて」 征服するのは、一人でいい。 朝霞は燃え上がる怒りを抑えてにっこりと笑みをつくった。 「安心してください。ミナミさんは俺が守りますから。他の誰にも、手出しはさせまんから、ね?」 利用されたって構わない。 この異常な感情を。 怯えて震える彼がやれと望むのなら。すがりついて頼るのなら。 道具にされたって構わない。 俺はその為にここまでやって来たんだから。 「恐かったでしょう。でも、もう大丈夫ですからね?」 陽は安心したように、そっとシャツから手を放した。 そして朝霞は、陽に優しく微笑みかける。 「ストーカーはもう、居なくなりますよ」 言うと、陽はじぃっと朝霞の目を覗き込んだ。 「ん?約束は守りますって。ミナミさんが頼ってくれたんですからね。それが俺の望みでしたから」 立とうとした朝霞のシャツを掴んだ陽は、勇気を出して口を開いた。 なのに、言葉がなかなか出てこない。 「あ、の……」 朝霞の言葉から、覚悟が見えてしまったから。 引き止めずにはいられなかった。 「何処に行くの?」 知ってる。 朝霞が発した言葉の意味を。 「何をするの?」 「何って……。だからミナミさんのお願いを」 「嘘だ」 朝霞は優しい嘘なんて、つかないくせに。 [*前へ][次へ#] [戻る] |