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シリーズ・短篇
11
本郷の車を見送った後、成実は滲んだ涙を拭ってそこで呆然としていた。
そろそろ完全に日が暮れて、夜がやってきてしまうというのに。
冷たい風が体温を奪い、指先がすっかり冷えてしまっても、また涙が滲むだけで動く気になれなかった。

「成実!?何やってんだ、寒いだろう。早く中に……」

いつもの様にやって来た陽士は、成実の顔を見て言葉を失った。
本郷さんと楽しく出掛けたんじゃなかったのか。
一体何があったのか。
とにかく部屋に入ろうと体に触れると冷えていて、いつからここにこうしていたのかと胸が痛くなった。

「……とにかく、早く中に入ろう。な?」

こくりと頷いた成実の頭を撫で、陽士は車イスを押した。

陽士が会って話した本郷という人はとても印象がよく、成実を任せてもいい人だと思っていた。
藤巻から聞いた話でもそれは同じで、信頼していたのに。

「今日、本郷さんと出掛けたんだろ?何処に行ったんだ?」

成実をふかふかのクッションの上に下ろし、コーヒーをいれながら明るい口調で話しかけた。

「あ、俺には教えてくんないんだろう。俺にからかわれるから教えないって藤巻が言ってたぞ」

いつも通りに振る舞いながら、陽士は沈んだ成実の顔色を窺っていた。

「ほら、飲め。あったまるぞ」

華奢な白い指先が、痛いほどぎゅっと握られている。
成実は泣きそうな顔でうつむいたままだ。

「……何があったか、聞いてもいいか?」

成実の視野を広げるのにもいいと思ったのに、まだ早かったのだろうか。
いや。友達が出来たら、問題だってついてくる。
陽士はその問題を解決する手伝いをすればいいのだ。

「成実」

唇を噛んで喋らない成実の目に涙が滲み、ぽろりと溢れて頬を伝った。

「ケンカしたのか?」

喋らないが首を振ってはくれるようだとわかると、続けて問いかけた。

「何か失敗して、本郷さんを怒らせた?じゃあ事故にあったとか?恐いめにあったのか?」

成実はそのどれにも首を振った。

「成実。別に怒るわけじゃないんだから、話してくれないか。友達が出来たら誰でも少しくらい問題なんて起きるよ」

ぽろぽろ涙をこぼすのを見てられない。

「俺は絶対に成実の味方だから」

成実がやっと目を合わせた。

「当たり前だろ?俺は成実のお兄ちゃんだぞ。成実が言ってほしくないなら叔父さんと叔母さんにも言わないし」

何か言いたげに口を開いたから、陽士は約束すると誓った。

「僕……僕…っ」

成実が両手で顔を覆ったのは、また赤面すると思ったからだ。

「お友達が出来て嬉しかった。でも…っ、もうお友達でいられないかもしれない」
「何でっ」
「僕……どうしたらいいかわからない。どうすればいいの?お兄ちゃん、聞いても笑わないでね?変だって思わないで?僕、お兄ちゃんに嫌われたくないっ」

陽士は慌てて、そんな事あるわけないと成実を慰めた。

「僕……。僕、本郷さんに……」

顔を上げた成実は、陽士の顔をまともに見られなかった。

「……告白された」

思ってもない角度からやって来た事実に、陽士は耳を疑った。

「はぁ!?……告白って……告白って、あの告白?何かの間違いじゃなくて?ちゃんとそういう意味で好きだって言われたのか?本郷さんに?」

成実の勘違いの可能性も疑ってみたが、頬を染めて頷くから間違いではないのだと思った。
まさかそんな展開になるとは思わなかった。

「で、どうした。友達だと思ってた本郷さんに告白されてショックだったのか?告白されたくらいでお兄ちゃんがお前を嫌いになるとでも思ったのか?お前を気持ち悪いって、俺が思うと思ったのか」

つい、責めるような口調になってしまった。
成実は涙ぐんで、ふるふると首を振った。

「違う。僕……嫌じゃなかった。本郷さんに告白されて、すごくドキドキして……。だけどびっくりして。どうしたらいいかわからなくって……僕、咄嗟に謝っちゃった。『ごめんなさい』って言っちゃった。そしたら『そうですよね』って。『忘れてください』って……」

断った事になってしまったと気付いた時、動揺したのだ。

「本郷さんはお友達に戻りたいと思ってるって言ってたけど、僕が気にするなら諦めますって。僕、答えられなくて」

動揺していて、何て言っていいかわからなかった。

「本郷さんきっと、僕がお友達でいるのも嫌だって思ったかも。もう会ってくれないかも」

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