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シリーズ・短篇

返事を待たずに勝手にずかずか入っていく。
広いリビングはシンとしていた。

三階建てのちょっとしたビルの持ち主で、一階の喫茶店の経営者。
そして二階でルームシェアして暮らす三人の大家でもある。
そしてワンフロアを贅沢に自分の住居にしている彼の姿は無い。

慶兎はうなだれた。

「お前、何をしている」

冷たく放たれた低い声。

マグカップを手にキッチンから現れた全身黒づくめの彼は、慶兎が嬉しそうに部屋に入ってきたところから見ていた。
今、下には誰も居ないと知っていたので、自分も居ないとわかったらどうなるだろうというちょっとした興味と遊び心からだった。

人が居たという安心感と嬉しさで顔をほころばせ、ブンブンと振られていた犬のしっぽの幻想はすっかり落ち込み、しゅんと犬の耳がたたまれるのが見えた気がした。
滅多に表情を変える事がない彼は口の端をわずかにあげると、大概いつもかけているサングラスを中指で押し上げた。
そこでそろそろ飼い犬を助けてやろうと声をかけたのだ。

「まったく。勝手に入ってくんじゃねぇっつったろ」

半分呆れた様に言う彼、蓮は乱暴で冷たい事を言う時もあるが、その声色はいつでもゆったりと落ち着いていた。
蓮は見つけた瞬間パッと復活する飼い犬がおかしかったが笑みを殺した。

「何だ居たのかよ!返事ぐらいしろよな」
「お前こそ返事ぐらい待て。犬」

蓮が高そうな黒いソファーに腰を下ろすと、すかさずその膝の上に乗ってしがみついた。

蓮は飼い犬が何か言うのを待ったが喋る気配がないので口を開いた。

「確かお前は犬のはずだが。いつからコアラになった」

蓮なりに冗談を言ったつもりだったが、飼い犬が一向に言葉を話してくれそうにないとわかると静かに名前を呼んだ。
それを遮るように客人を知らせるチャイムが鳴り、蓮は短く息を吐き出した。

「入れ」

長い金髪をセットした気の強そうに見える男と黒髪の穏やかな優しい雰囲気をまとう男二人は、コアラと化した犬を見て黙って蓮と目を合わせ笑った。
ちゃんと買ってきましたよ、と言うようにかるく持ち上げられた白い箱を確認すると、後で行くとだけ言った。

再び二人になり、蓮はもう一度呼んだ。

「慶兎」
「蓮は」

言いかけて迷う。
言ったらやっぱり馬鹿にされるかもしれない。

ぎゅっと胸に顔をうずめていると蓮の低い声が耳に響いた。

「どうした。言え」

要らないと言われるかもしれないという不安より、その前に今『お前が言わないなら』と興味を捨てられるのが恐かった。

「蓮は俺が、要らないのか?」

サングラスは蓮の表情と一緒に思考まで隠しているようだった。

「何でそうなる。要らんならここまで面倒は見ん」
「でもいっつも怒るし……蓮が捨てるって言ったら俺っ、俺行くトコ無いし」

自分が何もかも子供だと思った。
変な事言って呆れさせてる。

蓮はゆっくり手を上げ、思わずぎゅうっと目をつむる。

「お前は馬鹿だ。俺が捨てたらそのまま野垂れ死ぬだろう。そんな馬鹿なお前を道に捨てたら俺の人格が問われる」

髪を撫でる手は優しい。

「誰がお前を手放すか。俺以上に立派な飼い主は居ないだろうが」

言い方は冷たいけれど抱き締められた腕はあたたかかった。
これが蓮の一番の優しさだとわかってるから素直に頷いた。

「何かあったろ」

ビックリして顔を上げると相変わらず感情の読めない顔がそこにあった。
何て言えばいいか迷い目が泳ぐ。
ただ、自分の“家”はここしか無くて、自分には蓮達しか無いんだ。
そう思ったら急に無くすのが恐くなって。
蓮は真剣に耳をかしてくれた。

「言っただろ。お前は俺のだ。俺は要らんもんの誕生日を祝ってやる程物好きじゃない」
「はぇ?」

聞き間違いかと思ったけどそうじゃなかった。
輝と海里さんが居なかったのは二人でケーキを買いに行ってくれたからだった。

「やる」

短い言葉で渡されたプレゼント。
それは飼い犬の証らしい。

首輪ならぬ黒いチョーカー。


ここが俺の居場所なんだ。

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あきゅろす。
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