シリーズ・短篇
2
怒らないと言って安心させるのは簡単だが、その分怒った時の衝撃は大きいだろう。
だから優しい嘘はつかない。
「場合によっては怒りますけど」
正直に言うのが朝霞なりの優しさなのだが、彼には少し厳しかったようだ。
うつむいて躊躇うのが焦らす作戦なら、その微かな反撃は失敗だった。
「怒られるような事をしたんですか?なら怒られて当然でしょ。覚悟して早く懺悔しなさい。いつまでもぐずぐずしてると、余計な苛立ちがそこにプラスされますよ」
「違う!本当だ。誰にも言ってない…!須崎さんにも、高見さんにもあれから言ってないし、もう終わったってちゃんと言ったから…っ」
「なら何ですか」
いい加減にしないと無条件に怒ってしまいそうだ。
「テレビで、見たから……」
「……何を?」
いちいち聞いてやらなきゃならないのがまどろっこしい。
「そういう……人の気持ちを利用して、何か買わせてお金を吸い上げたり……」
耳を疑う。
「恋愛詐欺っていうやつ」
がっかりだ。
「俺が、それだと?」
呆れて、いちいち言葉で説明するのも面倒臭い。
苛立ちを察したのか、彼は目をそらし体を強張らせた。
「今聞きますかねぇ……」
さっきまで従順で可愛いと思ってたのに。
これを聞く為に機嫌をとってただけかと思うと腹が立つ。
けれど同時に、征服欲まで煽られる。
「何?『そうだ』って言ってほしいんですか?」
揺らぐ目を見て、彼が何を言いたいかを探る。
そして少し黙って返事を待った。
「だって、金目的じゃないと男の俺なんかにこんな執着しないと思って……」
「金目的だったら女を騙しますよ!恋愛感情を利用するならそっちの方がよっぽど“自然”で“普通”でしょ!?」
偏見は無いと言っていたが、これは潔癖な彼への当て擦りだ。
「はっ!」
うつむいた彼を見たら、うっかり鼻で笑ってしまった。
「自分に自信が無いわけじゃないんでしょう?ならどうして疑うんです。俺が貴方を好きなわけないって。金目的で騙してる方が“自然”で納得出来ましたか?」
彼は利用したはずだ。
この恋愛感情を。
この異常な執着を。
媚びて、許しを乞い、生命の安全を得たはずだ。
なのに今更それを否定し、“金目的の詐欺”だなんて。
「あぁ。俺がそもそも信用出来ませんもんねぇ?だから俺がいくら貴方を好きだって言っても信用出来ませんか。犯罪者ですもんね」
彼は首を振り否定しようと口を開けたが、言葉が出ずにぱくぱくと動くだけだった。
「嘘だったら何なんです。詐欺だったら何なんですか。財布の金が消えましたか?貯金が勝手に下ろされましたか?俺が自由に出入りしてるこの家の何かが盗まれましたか?それとも貴方を信用させてから、これからそれを実行しますか?」
怒りと興奮で笑いながら詰め寄ると、彼は怯えて後退った。
「信用出来なくて構いませんよ。当然です」
じりじりと詰め寄るほど彼は後退り、ソファーから腰を上げた。
恐怖で声すら出ない彼は涙ぐみ、必死で何か言おうと口を動かす。
が、荒い息遣いしか届かない。
「本当、がっかりだ」
シャツの襟首を掴むと、彼は声にならないか細い悲鳴を上げた。
殴られると思って両腕で顔を隠すのを無視して、ベッドまで引っ張っていく。
突き飛ばしてそこへ転がし、震える彼を見下ろした。
「貴方は、これが詐欺だと思います?」
顔を隠している彼は、震えるだけで答えない。
「思ったんでしょう?」
朝霞が少し動いただけで、体をぎゅっと強張らせる。
「ねぇ」
ベッドに腰掛けると、また小さく悲鳴を上げた。
「嘘だったって気付いた時どう思いましたか?」
そっと腕に触れると、びくりと体が跳ねる。
「腹が立った?やっぱり……って納得した?それとも、金をやれば解放されると思って安心した?」
啜り泣くのを横目に、薄笑いを浮かべて話し続けた。
「詐欺なら命までは奪われないと思ったのかな?顔も名前も知られてるのに?」
泣いてる顔を見たくて手をどかそうとするが、抵抗して動かない。
「ねぇ、ミナミさん?」
優しい声を出してるのに、震えて泣くばかりで返事もしてくれない。
「ミナミさん。ねぇ。返事くらいしてよ」
笑い混じりに言うと彼は体を丸めて、ぐすぐすと泣き出した。
「ごめん……なさい……」
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