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シリーズ・短篇

疲れて眠ってしまった家主の相貌を眺め、招かれざる客人は諦めの苦笑をこぼした。
客人とも言えぬ。
男は、いつも勝手にこのマンションの部屋に侵入するストーカーだった。

赤ん坊の様に体を丸めて布団にくるまる陽春彦は、両手を口元まで縮めて寝息を立てている。
潔癖で完璧主義、自信に満ちて凛とした人物とは思えない、幼い仕草である。
それはまだ頬を濡らしているもののせいで、朝霞はそれを指の背で優しく拭ってやった。
恐怖に震えて身を縮めたまま、泣き疲れて眠ってしまったのだ。

朝霞はいつも、彼に酷い事をしてきた。
まともに行けば手に入らないだろうと容易に想像はつくから、まともでない方法を選んだだけだ。
男に告白されるハプニングなど、きっと笑い話にもならず日常に紛れて埋没していくだろうから。

「どうして警察に頼らないんですか?」

彼が起きている時には決してしない質問だ。
何故なら朝霞は、その答えを知っているから。

「可哀想に……」

彼が警察を信用していない事を知っているから、だからまともじゃない方法で暴走出来た。
可哀想だと思っても解放してやれない異常さは自覚していて、この暴走の末に例え彼が警察に助けを求める事になっても構わないという覚悟もある。
この結末がどうなったって、彼の記憶に残るだろうと思うと嬉しいのだ。
その点では既に当初の朝霞の願望は達成されていると言っても過言ではない。

朝霞の異常性が彼を黙らせているからこの関係が続いてるのか、彼が黙っているからまだ朝霞が続けられるのか。
どちらにしろ朝霞はまだこれが続く限りは暴走を続けるつもりだ。
それが結果的に彼を黙らせられるなら、ラッキー。

朝霞は、この幸運な時間を心底から楽しんでいる。
泣いて謝る彼を許さず、疲れきって眠ってしまうまで責め続けるという酷い仕打ちをしても。
それでも罪悪感より楽しさが勝っている。


風呂から出た彼をソファーで待っていた朝霞は、驚きと恐怖が浮かんだその顔を見てふっと笑った。

「風呂に押し入らなかっただけ随分親切だと思ってください」

言葉をどうとろうが、興味は既に不意に湧いた欲求を叶える事にある。

「座って。髪を乾かしてあげましょう」

何を企んでいるのかわからないと不審がって瞠目した彼は、特に抵抗も見せずソファーに座った。
勝手にドライヤーを持ってくるついでに、気まぐれに優しさを見せて冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきた。
差し出されて戸惑いつつも黙って受け取った彼は、素直にそれを飲んだ。

従順な態度が好ましい。

大体渇くと髪をとかしてやって、子供みたいによしよしと撫でる。
いつもこうなら可愛がってやれるのに、彼は時々思い出したように反抗する。
やはり潔癖な性格がそうさせるのか、この状況が間違ってると気付くのだろう。

「え?」

彼が今何か呟いた気がして聞き返すと、少し振り返って照れ臭そうに言った。

「ありがとう」

不意を突かれて、何も言えなかった。
本来なら皮肉の一つも言ってその反応を楽しんでやりたいところだが、すっかり忘れて頭を撫でるしか出来なかった。


部屋を好きにうろついても、勝手にコーヒーをいれても、彼はもう何も言わなくなった。
少し前までは「お前の家じゃない」とか「勝手に触るな」とか声を荒らげていたのに、そろそろ諦めたのかもしれない。
調教出来たと思えば満足だが、それはそれでつまらない。
きゃんきゃん鳴く犬はやかましいけれど、朝霞はそれを押さえつけて黙らせる事に快感を覚える。

朝霞の行動を気にして窺っていた彼は、少し離れたところから控えめに声をかけた。

「あ、あの……」

一瞥すると、彼はソファーに身を隠すように縮こまって座っていた。

「あの、話が……」

改めて何だ?と眉を上げただけなのに、びくんと肩を跳ねさせ大袈裟に恐がる。
何か怒られるような事をしたのだろうか?
また、あの須崎という男に喋って慰めてもらったとか?

話し出すのを待っているのに、もじもじして躊躇っているのが焦れる。
聞いてやらないと言えないって言うなら、付き合って聞いてやる。

「何ですか」

何か言ったが、声が小さくてはっきり聞き取れなかった。

「はい?」
「だから……」
「……もう、何です」

声に少し苛立ちを表すと、今度はちゃんと顔を出した。

「お、怒らない……?」
「はぁ?」

やっぱり、怒られるような事をしたんだな。
そう思ったら本当に苛立ってついそのまま声に出してしまった。

怯えてくれるのは構わないが、いささか言動が子供じみて面倒だ。
気まぐれに優しくした効果はここには無かったらしい。

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