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シリーズ・短篇
10
ほうけている成実に気付いた本郷は、邪魔しないようにそっと肩に触れた。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、ほぅっと溜息を吐いて本郷を見上げた顔は、ふんわりと笑みに変わる。

「夢みたい……」

そのキラキラしたあどけない表情に、本郷は思わず見惚れた。

「現実じゃないみたいです。すごく綺麗で」

大袈裟ですねと笑うのは失礼だ。
だから本郷は静かに寄り添い、「そうですね」と頷いた。


成実は買ってもらったソフトクリームをスプーンで食べながら、押される車イスの上で楽しげに体を揺らしていた。
その振舞いを愛しく思い、本郷はふっと笑った。

いつも小さな喫茶店の窓辺にあったその顔を、初めは綺麗な顔立ちだなと思い。
表情が変われば可愛らしい人だと思い。
そのうち彼を見るのが楽しみになった。

どんな声をしてるんだろうとか、いくつくらいなのかとか。
恋人は居るんだろうか?とか、それはやっぱり女の人なんだろうなとか。
そこまで考えて、自分はまさか彼と“そういう仲”になりたいと思っているのか?とハッとした。

それまで同性に好意を抱いた事は無かったし、そういった発想すらなかった。
だから自分が同性も愛せる人間だったのかというのは、今でも疑問なのだ。

彼と同じような外見で、性格で、同じようにその窓辺に女性が座って居ても、月原成実という人じゃなかったら好きにならなかったかもしれない。
彼が居なかったら、この気持ちにはずっと気付かないままだったかもしれない。

どう考えてもやっぱり同性には惹かれないのに、何故か彼には惹かれてしまう。

「体冷えませんでした?すいません、気が利かなくて」
「いいえ。膝掛けしてたし。それにすごく楽しくて、寒いのなんて忘れてました」
「それならよかった」


成実は帰り道も、過ぎてく景色を楽しそうに眺めた。

“お友達”がこんなに歯がゆいものだと、本郷は思わなかった。
同性愛が普通に日常に転がっていて、それは特別な人だけがするものではないって事も、本郷は思わなかった。

「月原さんのおかげで、僕も沢山の事を知りました」

成実は、微笑を浮かべる横顔を見た。

「駐車場にある車イスのマークのところにとめた事はなかったですけど、ただのマナーとしてしか認識してなくて……」

どういう人があれを利用してるのかとか、誰かあれで助かってるのかとか、まるで実感も無かった。

「だから、実感としてすごく大切なものなんだなって……。見方が変わりました。車イスでも利用しやすいトイレとか、バリアフリーになってるのとかも、見る度に実感します」

助手席を一瞥して、本郷は焦って謝った。

「あ、ごめんなさい!無神経な事言って…!」

唇を噛んだ横顔が泣きそうになっていたから、本郷は申し訳なく思った。
けれど両手で熱くなる頬を押さえた成実は、潤んだ目を本郷に向けた。
それを本当にチワワの様で可愛いと思ってしまうのは不謹慎か。

「違うんです。僕…っ」

ふるふると首を振る。

「本郷さんに、いっぱい色んなものをもらって……。嬉しいし、楽しいけど、やっぱり少し申し訳ないなって……思ってたから……」

涙をこらえ、またきゅっと艶やかな口唇を噛む。
本郷はホッとして、そんな成実に微笑みかけた。

「僕でも、本郷さんに何かお返しが出来た……」

噛み締めるように言ったそれが愛しくて、きゅんと心を掴まれる。

「もらってますよ、沢山」

お世辞でも何でもない。
本郷は確かに、とても大きなものをもらった。

「嘘じゃなく、きっと皆本当に月原さんから沢山もらってます。可愛らしくて、見てるだけでホッとしますし。話すと癒されます。健気で、頑張り屋さんで……。だから自分も頑張らなくちゃって、励まされるんです」

本郷は隣に座るその人を見ずに、彼の姿を思い浮かべながら言った。
だから成実がどんな顔をしているかも知らなかった。

「僕も、同じようにそれをもらってますし……。本当に感謝してるんです」

きっと人生において転機になるくらいの、大きな出来事だ。
だから、それを言えばもっと喜んでもらえるんじゃないかって思い込んで、隠すべき想いを暴露してしまったのだ。

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