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シリーズ・短篇

「へー。それで、何処へ行くかは決まったんですか?」
「いえ。内緒なんだそうです。『知らない方が感動が倍になるでしょ?』って」

藤巻さんにまで報告癖がついてしまっている気がするが、本郷さんとは顔見知りだから仕方ない。

「あっ」

思い出して声を上げると、藤巻さんは「何です?」と皿を洗う手を止めて尋ねた。
疑わしい目でじっと見つめたら悟ったらしく、藤巻さんはふっと吹き出して首を振った。

「言いませんよ。どっちにしろ月原さんから言うでしょう?陽士さんに黙って出掛けるなんて事は出来ませんもんね?」
「それはそうなんですけど……。どうせ藤巻さんはお兄ちゃんの味方なんでしょ」

ぷうっと膨れて拗ねると、藤巻さんは遂に声を上げて笑い出した。

「いいもん。お兄ちゃんにも藤巻さんにも何処に行ったか教えてあげませんからね!」
「あー、それは嫌だなぁ。陽士さんには言いませんから、僕にだけ教えて下さい。ねっ?」
「だーめーですっ。絶対言っちゃうんですよ。そしたらまたお兄ちゃんが面白がってニヤニヤしてからかうんだ…!」

喜んでくれるのはありがたいが、その表現がもっと他にないものか。

藤巻さんの言う通り、黙って出掛ける事は出来ない。
習慣的に。そして性格的にも、悪い事をした気になってどうしても無理なのだ。

心配するのはわかるが、干渉しないでくれと言って怒った事が過去にはある。
だが結局はギクシャクした空気に耐え兼ね、自らごめんなさいと謝ってしまった。


この日は珍しく若い女性客が来たと思ったら、店内に続々と七人も入ってきた。
いらっしゃいませと言いながら、驚いて藤巻さんと顔を見合わせた。

全員一緒のグループのようだが、その中に以前訪れた二人組の女性を見つけて、また来ますと言っていたのを思い出した。
だけどまさか団体で来るとは。

注文を取りに行くと、談笑のトーンが更に高くなる。
そしてまた繰り返されるのが、非常に苦手なこの事態。

「ほらぁ、可愛くなーい?」
「可愛いー!」

明るい色の髪を巻いて綺麗に着飾った女性達の視線を一斉に浴び、どう対処したらいいかわからず、ただ困惑するしかない。

大学が近くにある為、昼時になると近所の洋食屋は大学生でいっぱいになる。
けれどここは、そういった客層とは縁が無い。
店を継いだ時に改装をしてから装いは少しはオシャレになっても、年配の常連客が通っているというイメージが定着しているから入りにくいのだ。

それなのにこの事態は……。

後からやって来たいつものお客さん達も、今日は何事だと驚きを見せた。
藤巻さんと二人でわたわたと対応して何とかなったが、もしこれ以上増えたら手に負えないかもしれない。


仕事を終えるとすぐ、休憩室からお兄ちゃんに電話をかけた。
休みをもらえるか聞こうと思ったのに、忙しいのか出なかったから、仕方なく留守電に用件だけ残しておく事にした。

日曜日に休みをもらえるとわかったのは、夜遅くにかかってきた電話でだった。
その際に本郷さんに誘われた事を当然説明したが、愛する我が子がいよいよ親離れしていく!とふざけて泣き真似をしていた。

『今夜はやけ酒だ!次は嫁に出す時かぁ……』
「嫁って……」

せめて言うなら婿だろうが、僕は一人息子だから、本当ならばお嫁さんを迎える側だ。
だけど、十九にもなって未だ恋愛というものに二の足を踏んでいる。
車椅子だから引け目を感じているわけではない。
事実、そんなのハンデだともハードルだとも感じていない夫婦やカップルは居るし、僕自身、そんな関係を築ける事を信じ、それを理想としている。
ただ僕は、そもそも人間が未熟なのだ。
そこへ費やす余裕が無いから、興味もそちらへ向かないのかもしれない。


「成実が友達とお出掛けかぁ……」

夕食を食べていた時、お兄ちゃんがしみじみと呟いた。
それが本当に、娘が初めて彼氏とデートするとわかった時の父親の様に聞こえて可笑しかった。

「寂しい?」
「そりゃ寂しいよ。だけど、成実が成長したって事だもんな。そうやって色んな経験を積んでさ……。良い事だもんな」

からかおうと思って言ったのに、お兄ちゃんは真剣にそう答えた。
それは自分に言い聞かせるようだった。

「でもそれ以上はお兄ちゃんの手を離れないかもよ?彼女が出来ないままかもしれないし」

冗談めかして言うと、お兄ちゃんもおどけて言った。

「そしたら俺の嫁入り道具だ」
「こぶ付きってやつ?」

冗談っぽくして笑い合ったけど、お兄ちゃんはきっと本気だ。
自分が結婚して、僕がまだ一人でも、今と変わらず目をかけてくれるつもりなのだろう。

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