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シリーズ・短篇

箸をクリームコロッケに刺したまま固まる成実を面白そうに眺め、まだいたぶるつもりで回りくどくそれを臭わせる。

「いやぁ?何か最近充実してるって感じで……、何ていうかこう、生き生きしてるっつぅの?」

込み上げる羞恥心をぐっと堪えながら、成実は拗ねた視線を投げた。
しかし陽士はいつまでも小さくて可愛い弟の様な成実の進歩が嬉しかったのだ。

成実は元々が明るく積極的で活発な子供というわけではなかった。
事故をきっかけに学校から遠ざかり、後遺症で車椅子の生活になった事によって内向きな性格に変化したのではない。
臆病で泣き虫で、だけど真面目で純粋で気の優しいのは幼い頃から今でも変わりない。
そんな成実だから陽士は心配せずにいられなかったし、陽士も放っておけない性格だったから、いまだに世話を焼く事を望んでいるのだが。

成実に友人が出来ただけでも喜ばしい事なのに、それが成実には縁の無いタイプだった事で、更に大きく成実の視野を広げてくれるだろうというのが嬉しかった。
だから思わず浮かれて楽しんでしまい、結果、成実の機嫌を損なう事態に陥った。


「あれ?成実。足、切れてる」

ここ。と、お兄ちゃんが自分の足首を指差して言ったのは、食器も片付けて一息ついた時だった。

「何処?」

右の足をとられて、自分でも見てみると、ちょっと切れて血が滲んでる程度だった。
本来ならば絆創膏を貼っておけば心配のない傷なのだが、お兄ちゃんが気にするのも無理はない。

「傷が出来たの気付かなかったのか?」
「うん。今言われて……」
「まぁでも、いつの間にか傷が出来てたって事は誰でもよくあるしな。感覚はちゃんとあるんだろ?」
「うん、ある」

言いながら確かめる様に、慎重に足を動かす目は真剣だ。

「これ以上筋肉が落ちないように毎日自分で動かして、マッサージもするんだぞ」

返事をすると、それでいい。と言う様にお兄ちゃんもうんうんと頷いた。

僕の場合、触覚も痛覚もあり、神経の回復によっては厳しいリハビリをすれば歩ける可能性もある。
ただその回復力には個人差があって、現状では、筋力や機能の維持の為にこうして軽く動かしたり、マッサージを続ける事が自分に出来る最善の方法になっていた。


その日、店から帰ってきて成実が着替えていると、テーブルに置いた携帯がブルブルと震えた。
ずりずりと這って行って手を伸ばした瞬間滑ってしまい、咄嗟についた肘を思い切り打った。

「いっ…!……ふぅうー…っ。……もしもしぃ」
『月原さん?大丈夫?』

痛みに涙が滲み、涙声で出てしまったばかりに、電話越しとはいえまたも情けないシーンに出くわしたのは本郷さんだった。

『今、何処です?また転んだりしてませんよね?』
「あぁ、ごめんなさい。大丈夫です」

出会いが出会いなだけに、今回ばかりは真面目に心配してくれているのが申し訳ない。
大したことないと説明すると、耳元で笑う声が聞こえた。

『月原さん、週末休みとれます?もしよかったら、僕とお出掛けしませんか?』

ダンスへのお誘いみたいな、半分おどけた口調だった。
それは何も知らない子供を連れ出す大人の余裕に見えて、不安と緊張が途端に目覚めた。

「でも、僕……。僕、きっと本郷さんに」
『大丈夫。僕なら心配要りませんから』

迷惑をかけてしまうと思うから。
だから遠慮しますと、最後まで言わせてくれなかった。

『普段からあまり外に出歩かないって言ってたでしょう?だから月原さんと一緒に、月原さんが初めて見る色んな景色を、僕も見たいなと思って』

まさか、こんな言い方をされるとは思わなかった。
その発想が新鮮で、返事をするのも忘れて聞き入った。

『話していて、月原さんははすごく純粋で、綺麗な心を持ってるんだと感じました。初めての経験って感動するでしょう?それを月原さんの目線で、一緒に見たり聞いたりして、月原さんの感動を僕も一緒に感じてみたいと思ったんです。……月原さん?』

最初からそうだった。
本郷さんの言葉が嘘じゃないと感じられ、自然と浸透する様に飲み込んでいけた。
まだまだ外見も中身も子供だし、実際に無知で未熟な未成年だけれど。
その直感的な信頼は確かだと言える。

二度目の呼び掛けは慎重だった。

『……月原さん?』
「僕……、僕……。初めて、そんな事を言う人に会いました」

この感情が何なのか。
説明をするなら、きっと……。

「多分、僕、今、感動してるのかもしれません」
『それじゃ、一つ。月原さんの感動に立ち会えましたね。電話越しってのが残念ですけど』

くすりと笑わせてくれる自然な優しさを尊敬したい。
追い付けない程の大人の器の大きさというものを痛感した。

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