シリーズ・短篇
6
藤巻さんが椅子を退けてくれて、そこに本郷さんと向かい合う形で車椅子を押してくれた。
砂糖三つとミルク。
本郷さんはふっと笑って、「甘そうですね」なんて言うから、子供っぽいと意識させられる。
甘いコーヒーを一口飲んで、ほぅっと息をつく。
「月原さんは、おいくつですか?」
「十九です」
「そっか。僕が二十七だから……八個下か」
手持ちぶさたで、コーヒーカップを両手を包んで温もりを得る。
「大学には?」
首を振って答える仕草も幼いのでは……と気になりだしたのは、相手が憧れを抱く自立した大人だからかもしれない。
「この間は助けてもらって、本当にありがとうございました。送ってまでもらって……」
「いえ。当たり前の事をしただけですから」
「あの、僕……嬉しかったです。車椅子に乗ってる僕じゃなくて、ちゃんと僕を見て接してくれたっていうか……。上手く言えないけど……」
まとまらない言葉にも、本郷さんは静かに耳を傾けてくれた。
「だから僕、こんな人と仲良くなれたらいいだろうなぁ、って……。そうなれたら嬉しいなって」
突然スーツの内ポケットに手を入れたから、気を悪くして代金を置いて出ていくんだと思った。
けれどそこから出てきたのは財布ではなく、銀色の小さな四角いケースだった。
「僕の名刺。プライベートの携帯の番号とアドレスを書いておくから、こっちにかけてきて下さい。携帯は持ってます?」
驚いて言葉が出なくて、こくこくと首を縦に振った。
名刺を受け取ってもまだ目を丸くしていると、本郷さんはふっと吹き出して言った。
「もしよかったら、僕とお友達になってくれますか?」
「あ……こちらこそ…!よろしくお願いします」
かしこまって互いに頭を下げたのが何だか可笑しかった。
「本郷さん……って呼んでもいいですか?」
「はい」
「名前……啓紀[ケイキ]さんって読むんですか?」
「はい」
にこやかに頷くその人からは、やっぱり大人の空気が感じられた。
「甘党の月原さんには好かれる名前ですね」
冗談を言ったんだとわかったけれど、どう返すのがいいのかよくわからない。
「甘党は……甘党ですけど……」
だから、焦ってつい赤面してしまっていた。
「自分の力で筋道をひらいていくように、って意味ですか?」
本郷さんの顔色が変わったから、失礼な事を言ってしまっただろうかと不安になった。
「あ……名前の由来……。ごめんなさい、僕……漢字の意味で、そうかと思って……」
「あぁ……いえ。最初にそれを言われたのは初めてで……。普通はネタにして笑ったりからかったりするから」
「あぁ、そうか」
冗談に対して普通はそういう反応をすればよかったのかと気付いて、素直に納得してしまった。
「思い付かなかった……」
今度は本郷さんが目を丸くする番だった。
そして突然笑いだし、終いには目尻の涙を拭っていた。
帰り際、本郷さんは携帯に連絡を下さいと言って微笑んだ。
ドアベルと共に重い音を出してドアが閉まると、藤巻さんは含み笑いで言った。
「いい雰囲気でしたね」
面白そうに、笑いながら。
「お友達ですかぁ。陽士さんに報告しちゃおっかなー」
「別にわざわざ報告しなくたって…っ。僕だって、新しい友達くらい……出来ます」
同じ人、同じ生活の中で、同じ景色だけを見てる。
消極的な自分に訪れた友達という新しい要素を珍しがられるのは当然だろうが、「そんなのはよくある」って、当たり前な顔で居たかった。
少しだけの気恥ずかしさを隠した振りして、強がってみたかった。
その日から僕は、店の窓から外を眺めるのが楽しみになった。
本郷さんは、通勤の時ににこっと笑って、バイバイって手を振ってくれた。
藤巻さんはそんなやり取りを見て「仲睦まじい」と言ったけれど、自分達の関係にはその表現は違うと思った。
閉店までに間に合った時はコーヒーを飲みながら話したし、一度は帰ろうとした時に会って家まで送ってくれた事もあった。
「最近、楽しそうだな」
「え……何で?」
それはお兄ちゃんが来た日の夕食の時だった。
お兄ちゃんには言っていない「何か」を見通している様な、からかいたくてウズウズしている様な含み笑いにドキリとした。
幼い子供があった事を何でも親に報告して聞かせる様に、未だに何かと報告する癖が抜けないで居る。
だから子供っぽいのだと自分でも思うし、それがいつまでも子供扱いされる要因なのだろうとも思う。
内緒にしていた事があったとバレたのは確かに後ろめたい。
が、十九にもなる男が「新しい友達が出来た」なんて事を隠していた事実が非常に恥ずかしい。
いつも楽しいけど?と軽くかわせばよかったのだが、そもそもそんなスキルは成実には無かった。
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