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シリーズ・短篇

車椅子対応のエレベーターに乗り三階で降りる。

玄関にはアイボリーのボックススツールが置いてあり、車椅子を降りるのにそれに手をついて床に座る。
自炊をする時に椅子を使うくらいで、基本的には目線の低い生活だから、家の中には背の高い家具は置いてない。
あたたかく落ち着いた印象の優しいアイボリーを基調とした部屋は、成実の人柄を表しているようだった。


いつものようにバックから取り出した携帯をテーブルに置き、着替えるために足を引きずってクローゼットへ。
ショート丈の黒いダッフルコートを脱いだ手を止めたのはチャイムだった。

車椅子対応のマンションだから、インターホンが普通より低い位置にある。
成実が椅子によじ上って見ると、従兄弟の「お兄ちゃん」こと三浦陽士がそこに居た。


スツールを台に手を伸ばし鍵を開けると、入ってくるなり陽士は慣れた手つきで成実を抱き抱えた。
足でスツールを横に避けて、横抱きにした成実をソファーへと運んでそっと下ろす。

今日は何の用?なんて聞かなくとも、用事が無くたって心配して頻繁に訪れてくれるのが陽士だ。
家族の様に近しい存在だから、彼との間に余計な言葉を必要としない。

「あのね?さっき、帰りに転んじゃったんだけど」

陽士はピクリと反応し、二人分のコーヒーをいれようとしていた手を止めた。

「通りかかった人が助けてくれたんだ。それで」
「ケガは!?」

成実は転んだ事よりも、通りがかりの親切な人が助けてくれた嬉しさを伝えたかったのだが、陽士にとっては前者の方が重要な話だった。
それがあまりに真剣で、成実はただふるふると首を動かすだけだった。
陽士が溜息をついたのは安堵からだったが、成実は咄嗟に怒られると思って畏縮した。
そして恐る恐る、コーヒーをいれる姿をそろっと窺う。

「その人、マンションの前まで送ってくれて……。いい人だった」

陽士は苦笑しながら、そっか。とだけ答えた。


陽士が作った遅い夕食を共にした後、キッチンで椅子に座って洗い物を済ませる。
それから一息つくと、すまして冗談を言ってくるのが可笑しくて思わず表情がゆるむ。

「さて。今日は一緒に風呂入るか?」
「もう子供じゃないんだから。一人で大丈夫だよ」

しかし陽士は鼻で笑った。

「俺の中では成実はずっと子供だけどなー。今でも小学生くらいの感覚だぞ?」

十九にもなるというのに、さすがに小学生は無いんじゃないかと思うが、小さな頃からずっとそばで見ていてくれた証拠だ。
子供扱いされても何処か嬉しいのは、そんな愛情を感じるからだろう。

むくれてみせた成実を撫でる手つきは、当時と変わらない愛情に満ちていた。


その親切な人が店に訪れたのは、それから一週間を過ぎた夜のことだった。
残り三十分くらいという閉店間際に駆け込んだ彼は、仕事を終えて真っ直ぐ来てくれたらしい。

「よかった。今日は間に合った」
「お仕事忙しいんですね。こんな時間まで」

カウンターに近いテーブル席に座った彼に話し掛けたのは藤巻さんだった。
彼の事は話してあったから、「あの人です」と言ったらすぐ察したようだった。

「こんばんは」

カウンターから出て行くと、その人は椅子を倒す勢いで慌てて立ち上がった。

「こんばんは。本郷です。こないだはお互い名前も名乗ってなかったですね」

明るい所で見ると、きりっとした目元が印象的で、スーツの似合う格好良い大人の男性だった。
普段の生活を考えると、自分なんかとはあまり縁の無いタイプだ。

「月原成実です。先日は、本当にお世話になりました」

改めて挨拶するのは何だか照れ臭かった。

「月原?」
「元々彼のお祖母さんがやっていたのを、今は彼の従兄弟が継いで」
「ああ。そうだったんですか。どうりで、いつも居るなぁって思ってたんです」

そういえば最初に会った時も店で見掛けてたと言っていた事を思い出した。


本郷さんが注文した一杯のコーヒーを、大きなトレイで運ぶ。

「どうぞ」
「ありがとう」

その優しい空気に包まれた声色と微笑みが……意外と言ったら失礼かもしれないが、不意にだったから内心動揺してしまっていた。

「せっかくだから、月原さんも一緒にどうです?どうせもう閉店ですし、本郷さんとお話したら」

藤巻さんのすすめを受けて本郷さんを窺うと、どうぞ、と仕草だけで許してくれた。

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