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シリーズ・短篇

せめて上半身を起こしてはみても、足が動かないから体を反転させられない。

「あの、ごめんなさい。手を貸してもらっていいですか……?」
「あ……はい」

子供だと思ってみたらそうじゃなくて驚いたのか、はたと気付いたように手を差し出してくれた。
体をひねって横にして、そこから支えてもらって座ることが出来た。

少し離れた外灯の光はうっすら届くほどで、両手のひらをそちらにかざしてみて少し擦りむいているのが見えた。

「ふぅ…ん」

ほんの少しでも擦り傷がじんじん痛んで、何より転んだショックで悲しくなってしまう。

バックを拾ってばたばたと汚れを払ってくれた男の人は、どうしたらいいかとおろおろしている。

「あの……」
「はい」

こんな事を頼むのは申し訳ないけれど、この際仕方ない。

「ごめんなさい。椅子に、座らせてほしいんですけど……」
「はい。僕はどうすればいいですか?」
「あの、ちょっと近寄ってもらえますか?」

抱き起こしてもらうしかないのだが、見ず知らずの人間に大変申し訳ない。
戸惑う男性は少し距離を詰めたがまだ届かなくて、もうちょっと近寄ってもらう。

「……すいません」

事前にぺこりと頭を下げ、抱っこしてと親に甘える子供の様に両手を広げた。

「え……?」
「抱き起こしてもらっていいですか?」
「抱…!?えぇ!?」

首に手を絡めて抱きつくと、男の人は狼狽しながらも恐る恐るといった手つきで背中に手を回した。

「いきますよ?いいですか?」
「はい…っ」

深呼吸を一つしてから、男の人は力を込めて座らせてくれた。
やっと落ち着くことが出来て、はぁっと息を吐き出す。
ぎこちない動きで離れていった男の人は、膝掛けをとってかけてくれると、そこにバックを乗せてくれた。

「助けて頂いて、本当にありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました」

何度も頭を下げると、男の人は「とんでもない」と両手を振った。

「落ちたバックを取ろうと思ったら転んじゃって……」

恥ずかしくてうつむくと、数拍の沈黙が流れた。

「よかったら送っていきましょうか?もう暗いし、一人で大変でしょ」
「そんな。悪いです……」
「もう帰るだけですから。手伝いますよ。何処に行かれるんですか?」

ここから家までそんなに遠くないからと遠慮したが、結局またお世話になってしまった。

マンションの前まで車椅子を押してもらって、お礼を言う。

「お世話になりました。助かりました」

こういう場合って、やっぱり自分が働くお店に招待してお礼の気持ちでサービスしたりするイメージがあるが、あれはフィクションの世界の産物だろうか。
そう思うと言い出すのを躊躇ってしまい、じぃっと見上げていたのが失礼だったと気付く。

「よく『月原』って喫茶店に居ません?通勤でここ通るから、たまに見かけてて」

こくこくと頷くと、ですよね。と顔を綻ばせた。

「よく行かれるんですか?」
「僕……働いてるんです」
「え……?」

車椅子でだって出来る事はある。
焦らずに、少しずつそれを増やしていって、一人でも店を任せてもらえるようになりたいって思っている。

「今はまだ沢山助けてもらってるけど、僕、家族を安心させたくて……。だから、頑張りたくて……」
「転んだりしないように、ね?」

じっと目を見つめたら、冗談めかして笑ったのは話を軽く流したんじゃなく、当たり前の事の様に受け止めてくれたからこそなんだと感じた。

「あのっ、あのっ」

だから素直に嬉しくて、子供みたいに興奮してうまく言葉が出てこなかった。

「落ち着いて」

そして男の人はおかしそうに笑った。

「お店、来て下さいっ。よかったら……もしよかったらだけど…!」
「うん。絶対行きます」

転んでる僕を助けてくれたこの人は、偏見を持たず、正しく真実を見てくれる。
そう感じたから、仲良くなれたらいいな、と思った。

お休みなさいを言って別れた後、部屋に戻って初めてお互いに名乗っていないことに気付いた。

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あきゅろす。
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