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シリーズ・短篇

恐る恐るかけなおしてみる。
今度はコール音が三回目で途切れた。
かと思うとこちらが口を開く間も無く、さながら絶叫。

『なぁあああああるぅうみぃいいいいいいい!どうした!?仕事中にかけてくるなんて…!何かあったんじゃないのか?大丈夫だったのか!?』
「お、お兄ちゃん。大丈夫だよ。あの、僕、ちょうど一人の時にお客さん来ちゃって……どうしたらいいかわからなくて……。でもすぐに藤巻さんが戻ってきてくれたから……」
『なーんだー!そっか、よかったぁ。何かあったのかと思って心配してたんだよ!』
「うん。ごめんなさい」

聞いていた藤巻さんと目を合わせると、ふっと片頬で笑った。
お兄ちゃんのリアクションが想像出来るのがおかしいのだろう。

今度からなるべく一人にならない様にすると言ってくれるのはありがたいけれど、やっぱり少し悲しかった。

『……どうした』

黙り込んだ僕を心配してくれていた。

「僕……。もっと出来る事が増えたらいいのに」
『うん。そうだな。でも、そんなに焦らなくていい。わかるか?お前にはお前のペースがあるんだから。一つ一つやれるようになればいいから。他人と比べるな。成実が楽しんでやれる事が大事なんだから』

強引に説得された気にはならなかった。

「うん。ありがとう」


日が短くなってくると、夕方にはもう真っ暗だ。
暖色系の優しい明かりが店内を照らし、年季が入った時計の針の音がカチカチと響いている。

七時を過ぎて二十分。
住宅が多い静かな場所という事もあり、この時間はもう閉店の八時まで客が来る事は珍しい。

深い緑色のタータンチェックの膝掛けをして、レースのカーテンを閉めて回る。
藤巻さんは、テーブルにコーヒーを出してくれていた。

「砂糖三つとミルク入り。すごく甘そうな香りですね」
「味覚がまだ子供なんだって笑われます」
「陽士さんにですか?」

藤巻さんが来た時は、いつもこうしてお疲れ様のコーヒーをいれてくれる。
ホッとする瞬間だ。

「いつも帰り大丈夫なんですか?」

帰るのはいつもこの時間だし、質問の意味がわからなくて首を傾けた。

「いや、暴漢に襲われたりしないのかと思いまして」

びっくりして首を振ると、藤巻さんは真面目な顔で心配し始めた。

「最近何処も物騒ですから。家まで近くたって、気を付けた方がいいですよ?」

心配してくれる気持ちが嬉しいけれど、何だか照れ臭い。
それでも藤巻さんはまだ防犯ブザーを持ったらどうかと話してくれた。


藤巻さんと一緒だと店の鍵も閉めてくれる。
鍵を持ってるのは僕だから、閉めるのを黙って見てる人も居るし、それを待たずに先に帰る人も居る。
もちろんそんな人ばかりではないけど、お兄ちゃんと年が近いこともあって、藤巻さんはもう一人のお兄ちゃんみたいな感覚だ。

「お疲れ様でした。じゃあ、気を付けて」
「はい。お疲れ様でした」

鍵を受け取ってバックにしまっている間にもう、藤巻さんは背を向けて歩いていた。
膝掛けが落ちないように荷物をしっかり膝の上に乗せて方向転換させる。

昼間は日差しが暖かくても朝晩は冷える。
冷たいハンドリムを回していたら、気を付けてたのにバックが膝掛けで滑って落ちてしまった。

「あぁ……」

どうしよう。

振り返って見てももう藤巻さんの姿は無い。
膝掛けを椅子と足の隙間に突っ込んで、ブレーキで固定してから両手で足を片方ずつ持ち上げて足掛けから下ろす。
そのままじゃ届かないから何とか踏ん張って手を伸ばせば……。

だけど指先をかすっただけで、今度は体を少し前にずらしてのチャレンジ。
暗くて見えないせいで体を前に乗り出し過ぎたのか、体重が足にかかってしまった。
当然力が入らず、崩れ落ちて前のめりに倒れてしまった。

「いった…!」

反射的に着いた手のひらがじんじん痛む。
顔は辛うじて避けたものの、ひじを打った。

「ふぃー……痛いぃ。……お兄ちゃぁん……」

子供だ。
十九で、一年経てば成人だけれども。

「大丈夫ですか!?」

子供よろしく、べそをかきそうになっていたところに現れた救世主は、スーツ姿の若い男性だった。

「起きられますか?」

安堵と同時に羞恥心が胸中にあったが、すがる様に潤んだ視線を向けていた。

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