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シリーズ・短篇

毎日変わらない景色を見てる。
同じ場所、同じ角度から。



心配する両親が家を出る事を許してくれたのは、従兄弟の目が届く範囲でならという条件付きでだった。

十個年上のお兄ちゃんは、昔から少しも嫌がらずに僕の面倒をみてくれた。
だから僕のことを両親に頼まれても、迷惑な顔一つせず引き受けてくれた。
むしろ、自立したいと思うのはいい事だから、そのサポートが俺に出来るならさせてほしい。と。
そう言ってお兄ちゃんは、僕の成長を喜んでくれた。

お兄ちゃんは飲食店を幾つか経営していて、僕はその内の一つで働かせてもらっている。
レトロと言えば聞こえはいいが、元々は僕達のお祖母ちゃんがやっていた古びた喫茶店だ。
「やっていた」というのは、お祖母ちゃんが亡くなってお兄ちゃんが店を任されたからだ。

店には昔からの常連さんがちらほら来る程度で、お店として儲かってるとは言い難い。
けれどお兄ちゃんは、店を手放したり閉める事はしなかった。
お祖母ちゃんとの思い出であるここを残してほしいという常連さん達からのお願いがあったし、何よりここはお祖母ちゃんから受け継いだ大切な財産だから、と。

店には僕以外に、お兄ちゃんの店で働いてる人がいつも誰か一人は必ず来ていた。
朝の開店から夜店を閉めるまでずっと一人の人が居る事もあったし、一日で忙しくなる時間帯だけ違う店から交代で一人ずつ来る事もあった。
コーヒーをいれたり軽食を作るのは彼らの仕事で、僕は僕に出来るそれ以外の事で邪魔にならないようにして頑張っている。

家は、店の近くのマンションをお兄ちゃんが探してくれて、そこに住んでいる。
お兄ちゃんは一緒に住みたがったけど、それじゃあ店まで少し遠くなるからという理由で断念した。
公共の乗り物を使わずに、僕が一人でも行ける距離じゃなきゃならなかった。


「月原さん。おはようございます」

店を開けたところでちょうど来たのは、最近会うことの多い人だった。
藤巻さんはお兄ちゃんに店の一つを任されるくらい信頼されている人で、きっと忙しいはずなのに、よく店に来てくれている。

荷物を動かない両の膝の上に乗せ、大きな車輪の外側にあるハンドリムに手を掛ける。

「おはようございます。あ、すみません」

けれど、僕の足である車椅子は後ろからの力でふわりと動かされた。
さらりとごく自然にしてくれるこの親切は、人の手を煩わせている罪悪感の様なものを感じさせない。

店は入り口の段差を無くしたり、お兄ちゃんが車椅子でも動きやすいようにしてくれた。
お祖母ちゃんがやっていた頃からの年配の常連さんの中には足が悪い人も居るから、そうした事が店に良い効果を生んでもいた。


聞き慣れたドアベルの音がからんころんと鳴る。
右手のカウンターの奥は休憩室になっていて、六畳程の広さの部屋には三畳の座敷スペースがある。
そこに荷物を置きエプロンをして出ていくと、藤巻さんがモーニングの為の準備をし始めていた。

「月原さん。俺、朝が終わったら一度出ますけど、昼に間に合うようには戻りますんで」
「はい、わかりました」

人通りが多い場所ではないから、常連さん以外は滅多に来ない。
お客さんの数や来る時間帯が大体は予測がつくから、一人にされてもそこまで動揺はしない。

一段落して一人になると、表に出ているプランターの花に水をやったり、掃除をしたり。
その後は昼まで少し時間が出来るから、僕はカウンターの横の窓際で日に当たりながら過ごす。
天気のいい日には、たまにうとうと眠くなってしまう事もあった。

こうしてこの窓からの景色を眺めていると、お祖母ちゃんも同じ景色を見ながら、こんな毎日を過ごしていたのかなぁなんて思う。
変化の無い毎日でも、つまらないなどという不満なんて無い。
そもそも僕は事故で一度命を落としているはずで、生きて居られる事に感謝こそすれ、恨みなどない。
事故の後遺症で車椅子生活にはなったけれど、歩く事を諦めたわけではないし、僕は悲観的になっていない。



窓際に座る月原成実の姿は、近所でも少し知れたものになっていた。
年はもうすぐ十九になるが、筋肉の無いほっそりとした体つきは少年っぽさを感じさせる。
少し垂れた目尻や、あどけない表情や雰囲気が更にそれを煽る。

事故にあってから中学の後半はほとんど行けず、高校は通信制にした。
オシャレというものに無頓着でもなかったが、一度も染めた事が無かった髪を家を出て初めて、お兄ちゃんと慕う従兄弟の三浦陽士に染められた。
ミルクティーの様な、明るい色がとても似合っていた。

成実の可愛らしさとその真面目さや健気さが気に入られ、近所からお馴染みのその光景を静かに見守られている。

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あきゅろす。
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