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シリーズ・短篇

突然音楽室に扉の音が響き、二人でハッとして顔を上げた。

「お、何だ。まだ居たのか。練習、まだやってくのか?」
「はい。終わったら鍵返しに行きます」

先生と先輩の会話を横目に、もう先輩との時間は終わりなのだと感じた。
そして自分が、告白の機会を逸したのだとも。
それを知ってから残念に思ってももう遅い。

「篠田君はまだやってく?」
「あ、いや。帰ります」
「なーんだ。じゃあ今先生に返せばよかったね、鍵」

カラカラと笑う先輩はやっぱりいつも通りで、先輩は告白を誘導したんじゃ?なんて愚かな思いは消えていこうとしている。

「篠田君てよく遊ばれない?」
「え?」

ピアノに鍵をかけた時、投げられたその問いに胸が傷んだ。

「反応が可愛いなーと思って」

二者択一。
答えは後者だ。
俺は、先輩に興味本意でからかわれたに違いない。

そうですか、なんて曖昧に返事をしてごまかした。

「帰ろっか」
「はい」

これはもしかして、俺に近付くなという事だろうか。
いや、もしかしなくても。
先輩は男は好きじゃないって言ったし、暗にからかって遊んだんだと言われて、先輩にまったくその気がないのだと言われたも同然だ。

「え……ちょ、どうした……?」

持っていたカバンを落として、目を丸くした先輩が眼前に迫る。
その姿が滲んでいるのは、俺が不覚にも、情けなくも、女々しくも泣いてしまったからだ。

「篠田君、大丈夫?ごめんな、やっぱり嫌だったか。可愛いからつい構っちゃうけど、困っちゃうよな。ごめんごめん。もうしないから」

本当は違うけど、言えない。
背中をさすってくれる手に、心臓を掴まれたみたいだ。

「篠田君に好かれてるならいいかと思って、甘えちゃったな」

気を使わせて、傷付けてしまったのは俺の方だ。
一緒に居て傷付けてしまうなら、そんなのは苦しい。
涙を袖でぐいっと拭って、覚悟を決めて真っ直ぐに見た。

「先輩に初めて会った時。先輩が笑った時、俺……先輩を好きになりました」

これを言えば、もう一緒に居られなくなる。
だけど、俺なんかのせいで先輩が傷付くなら、もうそれでいい。
そんな関係望んでない。

「ピアノを見てもらって、先輩の事がちょっとずつわかって。また先輩を好きになりました」

軽蔑されたっていい。
罵倒され拒絶されたってもう構わない。
先輩は先輩らしく笑っている方がよくて、俺はそんな先輩が好きになったんだから。

「緊張するのは、先輩が好きだったからです。だからいつも先輩に見られてると緊張して、ピアノがうまく弾けなくて……。からかったり冗談を言って俺の緊張を解そうとしてくれているのはわかっても、うまく出来なくて」

男に告白されるなんて、気持ち悪いだろう。
わかってる。
これは嫌悪すべき感情だと。

「だけどもう、やめます。ピアノも、先輩を好きな事も。先輩に迷惑かけてばっかりで……困らせてばっかりで……。俺はそんな先輩を見たくてピアノを弾こうと思ったんじゃないし、先輩を好きになったんじゃないから。でも、もう近付きませんから!ちゃんと忘れますから!すいませんでした…!」

頭を下げた。
許してくれなくても、もう迷惑はかけない事だけはわかってほしかった。
近付いてくる先輩に殴られると思ってぎゅっと目を閉じ、歯を食い縛った。
けれど拳は飛んで来ず、びくびく怯えてじっとする。

「やっと聞けたと思ったのに……もう好きじゃないのか」

耳を疑い、恐る恐る目を開け、うつむきながら耳を澄ます。
まるで残念だとでも言いたげな口調がとても信じがたい。

「フラれるとわかって聞く告白はツラいな」

状況が理解出来ずに、戸惑いの視線を投げる。

「俺が女の子に興味が無いって思われてるって言った時、篠田君固まってたから。そういうの気持ち悪いと思ってるんだと思って、咄嗟にごまかしたんだ」

何だ。

「篠田君が可愛くて、ふざけてごまかしながら何だかんだいって構っちゃうんだ。だから本当は嫌がってるんじゃないかって気になって。だからしつこく聞いたけど……脈が無いのかなって残念で」

何だ。
そうだったのか。

「篠田君が笑ってくれると、心を開いてくれたように感じて嬉しかった。俺はこれからも、篠田君のそういう可愛いところを見ていたいって思う」

マイナスにばかり考えていた事が今、成就しようとしている。

「篠田君。もしよければ、もう一度、俺を好きになってくれないかな?」
「はい…っ。今、先輩を好きになりました」

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あきゅろす。
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