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シリーズ・短篇

先輩はタチかネコか、なんて考えるのは先輩に対しての冒涜じゃないかと思う。
人に壁を作らない人だ。
折角何の偏見も差別も無く接してくれているのに、現状に満足しなければならない。

部活の無い日、先生に許可を貰って一人ピアノに向かっていた。
先輩の前では緊張してうまく弾けなくなってしまうから、せめてもっと自分の実力をつけて自信を持てば……と考えた。
楽しくて夢中になって弾いていたから、音楽室のドアが開いてびっくりした。
そして次にそこに立っていた人物にも。

「やっぱり篠田君だったんだ。ピアノの音が聞こえたからそうかな?と思ったんだけど。一人で練習?」
「あ、はい。先輩は、今帰りですか?」
「うん、そう。でもちょっと居ていい?邪魔なら帰るけど」

そんな勿体ない申し出、断る理由が無い。
まして邪魔だなんて。
どうぞ。と言うと、先輩は無邪気に歯を見せた。

「さっきはすごく上手に弾けてたんじゃない?いつも緊張してるでしょ?指の動きが硬いし」

隣に座る先輩を前に今も緊張している。
だからコクコクと首を縦に振って答えると、先輩はくすりと笑った。

「あー、わかった。俺が苦手なんだろ?はー、なるほど。ショックー」
「ちーがいます、違います違います…!」

先輩が冗談を言ってふざけてるのはわかった。
けど、冗談で「そうですよ」なんて笑って言える余裕はなかった。

「必死に否定するあたり余計怪しい」

半眼でじとっと見つめる先輩はまだ俺をいじめる気だ。

「苦手ではないです。先輩の事は好きですよ?」
「……そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。顔真っ赤にして」
「じゃ、あんまりいじめないで下さい」

先輩のせいだろ。
先輩が、否定させるような事を言うから。
だから好きだって言わなきゃならないんだ。

「怒った?」

軽く拗ねただけだとわかって聞いているのは、先輩の明るいトーンでわかる。

「いえ」

短く答えた後沈黙が訪れて、何か言葉を繋げてその間を埋めねばと焦った。
けど俺はタイミングを逃し、鍵盤に逃げた。


「俺のさ、何がそんなに緊張する?からかって遊ばれるのとかが嫌?いっつも困らせてるもんなぁ」

俺の態度のせいで、余計な事で悩ませている。
それがひどく心苦しいけど、ちゃんとした理由は告白出来ない。
先輩の前で緊張するその訳を、説明出来ない。

また困って黙り込んでしまったせいで、また変な気を使わせてしまう。

「ごめんな。俺って空気読めないよなー」

ハッとした。
このままじゃ、先輩と今まで通りとはいかなくなる。
気まずいまま徐々に距離が離れていく気がする。

「先輩の事、本当に好きですよ?気を使ってる訳じゃなくて、本当に。でも、緊張はします」

何故ならそれは、先輩が本当に、心から好きだから。

「えーっ。それじゃ答えになってない」

何を言わせる気なのか、と勘繰ってしまうのは、俺がそうであってほしいと思っているからだろう。
先輩も同じ気持ちなら……。
だからこうして「それ」を言わせようとしているのだと思いたい。
だけど卑屈な俺は、そうじゃない可能性を信じようとしている。
俺の態度が変だと気付いて、興味本意で試しているのかもしれない。
そんな人だと信じたくないし、実際にそんな人じゃないとも思うけれど。
その方が、自分にとって安全な道なのだ。

万が一前者ならどうする。
この想いが、万が一成就してしまったなら。
そんな事あっていいはずがないのに。
俺はその先、どうすればいいかわからない。
いけない事のはずなのに。

「初めて会った時、先輩笑ってましたよね」

そうだね、と静かに頷いた先輩は、人差し指で鍵盤を一つ叩いた。

「何て言うか、すごくびっくりしました。先輩ってあんまり人に壁を作らないっていうか……、少なくとも俺にはそう見えたから。戸惑ったけど、やっぱり、嬉しかったです。だから高校でもまたピアノをやろうって思いました。多分、先輩が誘ってくれたからそう思えたんだろうなって」
「へぇ。嬉しいな」
「だから、緊張はします。今ピアノを弾いてるのは、先輩のお陰だから。……それじゃ、理由になりませんか?」

ちら、と隣を窺う。

「それで納得してほしいんだろ?」
「そうですけど……」

やっぱり先輩は、本当の理由を白状するまで納得出来ないのだろうか。
告白してほしいのか?とまた顔を出す愚かな希望的観測。

自惚れてはいけない。
禁忌に足を、踏み入れてはいけない。

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あきゅろす。
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