[携帯モード] [URL送信]

シリーズ・短篇
先輩を好きになりました
最初から叶わないとわかっている想いは虚しい。
だけど、そんな大層に嘆いてはいけないんじゃないかという後ろめたさもある。
何故なら一般的に、同性愛は禁忌とされているからだ。
そのとてつもなく大きなハードルに面と向かって立ち向かっていけるほど、俺は勇ましくはない。
だから、禁じられている関係だからこそ燃え上がる……なんて心情が理解出来ないでいる。
よって、同性にしか恋愛感情を抱けない自分にとって、恋愛というものはまともに付き合ってはいけない感情だった。
「いけない事」として位置付けられているそれは今、俺の十五年の人生史上最も危うい局面を迎えている。

俺は…………先輩を好きになりました。


これまで、ちょっと気になるくらいの相手は居た。
けれどそれ以上の感情に発展しないようにしてきた。
相手を避けてあからさまに態度が不審に思われても、友情関係が壊れてもだ。
どうせ同性愛なんて、許されていい事じゃないのだ、と。
なのに、だ。

好きになってしまった。
認めるしかないほどに。先輩を。


高校では部活に入るつもりはなかった。
中学の時は、ピアノを習っていたからと先生に猛烈にすすめられて吹奏楽部に入っていた。
小四に上がるまでは真面目にやっていたピアノだったが、小五でやめた。
ピアノを弾く事自体が嫌になった訳じゃない。
ただ、ピアノを弾く意味がわからなくなったのだ。
楽しかったから弾いていたはずなのに、厳しいレッスンで次第にピアノに向かう時間が苦痛になっていった。
だから俺は、ピアノを嫌いになってしまう前にやめた。

中学で吹奏楽部に入ったのは、先生に押しきられたからというのが理由のすべてではない。
最終的な決断は俺に委ねられていたのだ。

部にはピアノを弾ける女子が既に一人入部すると決まっている事を聞いて知っていたし。
その女子と違って、俺は他の楽器を持たなくてもいいと言われていた。
俺は、籍だけ置いていればよかった。
けれど結果的にはそうもいかず、三年間で何度か引っ張り出された。

そんないい加減な自分に声をかけてくれたのが先輩だった。


「ねぇ。ピアノ弾けるんだって?」

男らしくないと言ったら叱られるかもしれない。
ただ、他の男にあるような雄々しい印象が先輩にはなかった。
綺麗だとか、美人、可愛いなんて表現が似合う訳ではないのだけれど、先輩からはどこか穏やかな安心感が発せられていて。
それは恐らく、先輩の人柄なのだと思う。

高校に入学したてで知らない先輩に話し掛けられ、戸惑いながら「そうですけど」と返事をすると、先輩は無邪気な笑顔を見せた。

自分の性癖が原因で卑屈になっていた俺にとって、先輩はカルチャーショックに等しかった。
こんなに無防備なほど、人に対して壁を作らない人は初めてかもしれなかった。

「試しに弾いて見せてくれよ」

だから、俺は断れなかったのかもしれない。
だから、俺は好きになる事を止められなかったのかもしれない。

格好良いかどうかで言えば、そんなに格好良い方でもない。
だからって地味とも少し違う。
それなのに部の女子達が「付き合ってもいい男子は誰?」なんてトークテーマで先輩の名前が「いい」方で挙がってしまう。
そうさせる先輩の明るく優しい人柄に惹かれたのだけれど、嫉妬してしまうのも事実。

「葉室さーん!葉室さんなら全員付き合ってもいいってー」
「ちょっとぉ!普通言う!?」
「葉室さんなら誰がいいですかー?」

恋愛の話で堂々と盛り上がる事が出来る立場の人間が羨ましい。
管楽器を手にする二年の先輩達に控えめながら一年も加わっている。
三年は高みの見物らしい。

「えー?」

先輩の視線が俺から離れる。
いや、正しくはピアノからだが。
ピアノの練習を見てもらうこの時間は、一言で幸せとは言い難い。
ドキドキし過ぎて、いつも実力を発揮できない。

「んー、誰にしよっかなー?あ、じゃあ俺の大奥作るからみんなおいでよ」
「あっはは!欲張りー!」
「ズルーイ!逃げたぁ」

先輩らしい、と表情がゆるむ。

「もう。女の子は恋愛の話好きだね」
「先輩はそういうのしないんですか?友達と」
「あまりしないね。俺、女の子に興味無いって思われてるみたいで」

心臓が痛いほど跳び跳ねた。
後ろめたい部分が露出してしまうような、危機感。
かたまっていると、先輩は俺が引いたと思ったのか、苦笑して首を振った。

「あ。や、勘違いしないでよ?自分からすすんでそういうのに加わらないから、単に興味が無いんだって思われてるだけで。だからって男が好きとかそういうんじゃないから」
「あ……。あ、はい」

そんな勘違いをしてかたまったんじゃないとは言えなかった。
先輩に失礼だったと思ったし、同時に先輩がそれを否定した事に傷付いてもいた。

[*前へ][次へ#]

2/4ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!