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シリーズ・短篇

嫌いだと言える様になると気持ちが楽になったのか、以前程強い恐怖感は無くなった。
といっても男が恐い存在であるのには変わりない。


週末になったら俺がまた須崎さんの家に逃げると思ったのか、前日の夜に帰宅すると男は居た。
あれから一週間経って、須崎さんとは何も無かったのかと問い質された。
ある訳がないと切り捨てたら何が気に入らなかったのか、突然苛立ちを露にソファーへ突き飛ばされた。

「貴方ね、いい加減気を付けたらどうですか?」
「え……?」

背もたれに突いた両手の間に捕われ、見下ろした迫力に震えそうになる。

「警戒しろって言ってんですよ」

だって須崎さんはそんなんじゃないし、そもそも男だというのに。
自分が男を好きになるからって、他の男もそうなるとでも思っているのだろうか。
けれど反論は口に出来ず、植え付けられた恐怖で最早癖となってしまった反応。

「だって…っ」

視界は潤み、涙声は隠せない。
須崎さんはそんなんじゃないと言いかけたら怒りを買って、顔の横で拳がソファーを叩いた。
びくん、と肩を揺らして情けなく怯えて縮こまる。

「逃がさない…!」

違うって言ってるのに。
逃げられないとわかってるから、そうやって何度も言い聞かせないでほしい。
何度も繰り返し、お前は一人だと言われてるみたいで、挫けてしまう。

目一杯溜まった涙を我慢出来なかった。

「…っ、うぅ…っ」

男によって泣かされている事を、支配されている事を確認させられる。

状況は何も変わっていない。
楽にはなれない。

そう思ってからふと気付く。
わざわざ今になって問い詰めたのは、そうやって立場を知らしめる為なのかと。
何度も、何度も、何度も。

言葉に出来ない悲しみは、声にならない声で発散される。
子供の様に嗚咽する。

悲しくて、悲しくて、悲しくて。
心が潰れそうで堪えられなくて、その根源である筈の男を見上げ、気付けばその服を握り締めていた。
すがっていた。

「も……言わな…で…っ」

これ以上攻撃をされれば、きっと心が死んでしまう。

「お、願っ……わかった、からぁっ。逃げないのに…っ……逃げないのにー…っ」

頼むから。
お願いだから。

両手ですがって泣きじゃくる俺にゆっくりと迫り、肘をついたらもう顔は目の前だ。
別に好きでもないけれど、わあわあ泣き喚いてぐっしゃぐしゃの顔をまじまじと見られるのは流石に恥ずかしい。

「陽さん。今、貴方が堪らなく可愛いです」

しゃくりあげながら耳にした言葉は残酷に映った。

「こうやって、貴方に頼られるのが夢だった」

カタカタと震える指をそっと放して、胸元で冷えた指先を擦り合わせる。

支配された。
遂にここまで。
けれどまだ最後が残っている。

すると不意に口を塞がれて、すぐには何が起こったのか把握出来なかった。
震えて力の入らない手では無駄だとわかっていても、胸を必死に押し返す。
抱き込まれて自由がきかない事もあって、苦しくてもぱたぱたと頼り無げに叩くしか他に方法が無い。

息を切らしながら、やっと放れていった唇を自然と目で追ってしまった。

「好きです」

男は最後まで、完全に支配しようとしている。
その手には絶対に乗らない。

「好きじゃ、ない」
「俺は陽さんが好きです」
「俺は好きにならない」

もし最後まで支配される時が来たら、一体どうなってしまうんだろう。
心は想像を拒絶する。

まだ守られている最後の武器は、男にだってどうにも出来ない。
ねじれた愛情の熱に包まれ、虚ろに、冷たくなっていく心で、こんな男なんて好きにならないと誓った。

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