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シリーズ・短篇

背中を撫でる手の熱さが泣ける。

「何ヵ月か前、道で急に襲われて……気持ち悪いから一応引っ越したんですけど、その後も勝手に家の中に入られてて」

須崎さんが息を飲んだのがわかった。

「どういう訳だ?」

じんわりと潤んだ目を上げる。

「最初は、物が動いてたり無くなったりしてただけだったから気が付かなくて。でも……合鍵が、無くて」
「盗られたのか!?」

頷くと、須崎さんから盛大な溜息が漏れた。

「引っ越す前によく行ってた本屋の店員でした。そいつ……好きだって言って」
「は!?その男ストーカーか!?」
「俺も、何で俺なのか未だにわからなくて……」

須崎さんは顔をしかめたまま黙り込んだ。

家に帰ったら男が居た事、色々調べられていた事、追い詰められて、おかしな関係を強いられる破目になってしまった事も話した。

「恐いんです…っ。朝起きたらそいつが居て、見張ってるんです」

何処にも逃げないように。
自分以外の、救いの手など取らないように。
自分だけの手を取り、自分だけを想っていると言わせる為に。

「こんなのおかしいっ」

首筋に男の手が巻き付く感覚がふとよみがえり、かすかに震える指先を握り締めた。

「陽。一応聞くけど……お前、何もされてないだろうな」

怒りを含んだ唸る様な声色と鋭さを増した視線。
その威圧感はあの男が強いる恐怖感と似て、思わず背筋がふるりと震えた。
喉がひくりと引きつって、咄嗟に首を振るのがやっとだった。
それを見て須崎さんは胸を撫で下ろし、安堵の息を吐き出すと、優しく肩を撫でた。

「お前、うち来るか?」
「……え?」
「今日は俺のとこに泊まったらいい。帰りは送ってやる」
「でも、もし知られたら…っ」

追及は免れない。どころか、契約違反だと言って何をされるか――。

「須崎さんだって危ないかもしれないのに…!」
「今は何も考えるな」

前髪をくしゃりと撫でられ、何だか泣きたくなった。

「今にも泣きそうな顔してんじゃねぇか、バカ。俺の前でも無理すんじゃねぇ」
「だって…っ」

少しでも強がって居たいじゃないか。
ここまで、とことん情けないと思わされているのに、上辺だけでもせめて強がっていないと、本当に挫けてしまいそうだから。

「男なのにぃっ、男にストーカーされて…っ」

涙声を自分で聞きたくない。
こんな弱音を耳に入れたくない。

「誰にも言うなって言うしっ、いつ、何されるかわからないしぃ。恐くて…っ」

こんな、めそめそしてる自分なんて認めたくない。
なのに大きな胸に抱き寄せられると、温かい優しさに余計泣けてくる。

「助けてやる。お前を助けてやるから」


長い幸せに浸っていた。
こんなに安心して眠れたのはいつ振りだろう。

頭が沈み込んだ枕の、いつもとは違った感触が心地よく、すり、と頬を擦り寄せる。

髪を撫でる手をそのままに、しばらく甘えて居たけれど、ふとその手の正体にまで思考が回る。
自然と頭に浮かんだのは、恐怖感だった。

「ん…!……ゃ…っ」

手をはね除け飛び起きると、壁際まで後退って距離を置く。
ぎゅうっと身を縮め男の攻撃に備えていると、降ってきたのは嘲笑でなく穏やかな声色だった。

「陽……」

うつむいた顔を恐る恐る上げてみれば、そこには今一番信頼すべき人が居た。

「あ……すいません。ごめんなさい、俺……」

俺を思って家に泊めてくれた須崎さんに失礼な事をしてしまったというショックと、咄嗟にあの男だと勘違いする程自分は男に支配されているのかという二つの衝撃が信じられなかった。

須崎さんは気にするなと言って笑ったけれど、やはり傷付けてしまったのだと感じた。

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