シリーズ・短篇
1
休みの日ぐらいはゆっくり休んでいたいと思うけれど、本当に気が休まるのなんて、今では一瞬たりとも無くなってしまったのかもしれない。
酷く悲しい夢を見た気がしているのに、それがどんなものだったかも忘れ、けれどまどろみながら自分がヒクリとしゃくりあげるのがわかった。
泣きそうだ。
浮上していく意識で自覚しても、溢れる悲しさに支配されて止められない。
目覚めると視界が潤んでいて、胸には悲しさだけが残っていた。
両手で目を擦ると不意に声をかけられ、息が止まるかと思うほど心臓がどきりと鳴った。
「目を擦ったら腫れるって言ってるのに」
強張った体でギクシャクと見回すと、ベッドの足元にその男は座っていた。
こうして当たり前の様な顔で平然と生活の中に現れ、取り交わしてしまった約束を忘れるなと暗に釘をさす。
監視する様な鋭い視線でただ黙って見続ける時もあれば、饒舌になる時もあった。
そういう時は大概俺の行動を報告してみせたり、言動の端々にまで目を光らせ何かと揶揄した。
そうして男は満足げに嘲笑してみせた。
勝手に入って来ないでくれ!などと抗議する気力はその中で徐々に奪われて、今では男を前にするだけで畏縮してしまう。
その畏怖を気取られないよう堂々としている事を意識しても、緊張感からくる言動のぎこちなさはどうしても悟られてしまうらしかった。
片頬で冷たく笑う度、自分の体が切り裂かれていく様な苦痛を感じた。
「どんな夢だったんですか?」
刺さる視線からそらせないまま、上体を起こしずるずると後ずさる。
「いや……覚えて、ない」
正直に答えているのに嘘だと思われたら、なんて不安がよぎる。
が、相づちも無くそらされた顔は納得したと見え、既に思考は次の何かしらに移ったようだ。
こんな非日常的な現実が日常化している。
その事を受け止めるべきか。
それとも受け止めてはいけないのか。
現実にただ戸惑い続けている。
考えに集中していたばかりに、見られていた事に気付くのが遅れた。
お陰であからさまに瞠目したのを見られてしまった。
言い訳すべきか、するのも変か。
判断が遅れて口を開くタイミングを逸した。
仕方なく気まずい沈黙と今度はそらされない視線に堪える。
「ん?」
その少ない文字数が、言いたい事があるなら言えと物語る。
本当はもっと――。
せめて――
「ハルヒコさん?」
下の名前で呼ばないでほしいと何度も言っているのに、わかっていて敢えて口にする。
「下の名前では」
「はい。陽[ミナミ]さん。俺は未だに名前呼んでもらってないのに、そっちばっかりズルいなぁ」
朝霞[アサカ]でいい、と言われたものの、一度もその名で男を呼んだ事は無い。
ニッコリと笑んで見せるのにも裏があるのだと思うと虚しくなる。
もしも繕ったその優しさが本物ならば、そうやって隠れた恐怖を感じずに済むのだろうか。
せめてそれが本当のものなら、今より少しは楽になるだろうか。
このおかしな関係が続く事に目を瞑るしかないなら、せめて――。
「優しかったらいいのに……」
するりと流れ出た本心。
そして視界が熱く滲む。
最近よく泣くようになってしまった事も、仕方ないとさえ思い始めている。
延びてくる手に、反射的にぎゅうっと全身が強張る。
「不安なんですね?」
解ったような口を利くな。
「愛情をもって接してるんですけど。まだ何が不安ですか?」
子供をあやすみたいな、そんな猫なで声を聞かせるな。
「何が足りません?」
そんなの言える訳が無い。
抵抗は許されない。
堪えきれずに熱い一筋が頬を伝った。
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